津波で弟が不明 遺品を身に着けペダルこぐ

ゴールで待ち受けていた友人とハイタッチする梢さん=14日午後2時50分ごろ、石巻専修大

 東日本大震災の沿岸被災地を舞台に14日あった「ツール・ド・東北2014」で、東京都江東区の会社員岡田梢さん(33)は、弟の洋祐さん=当時(28)=が津波で亡くなった石巻市を駆け抜けた。洋祐さんが大好きだった港町。「弟が生きた証しを感じたい」と力強くペダルを踏み込んだ。
 梢さんは昨年に続いての出場。前回の60キロから距離を延ばし、100キロに挑戦した。洋祐さんが生前愛用していた黒の腕時計を左腕に巻き、レースに臨んだ。
 アップダウンのあるコースで、途中、足がガクガクになった。残り約15キロ付近から土砂降りにも見舞われたが、走りきった。「体力的にはきつかったけれど楽しかった」。すがすがしい表情でレースを振り返った。
 大手製薬会社の仙台支店に勤務していた洋祐さんは、石巻市南浜町の得意先を回っていて津波にのまれた。行方不明のまま、震災発生から半年後の11年9月、死亡届を出した。今も行方は分からない。
 2人きょうだいで仲も良かった。「もう戻ってこないと理解はしているつもりだけれど…」と複雑な心境を明かす。
 洋祐さんがさいたま市の実家に帰省した際、よく話題にしていたのが、営業で担当する石巻市の魅力だった。
 金華サバやカツオなど三陸の新鮮な魚介、人情味あふれる住民との交流、海の美しさ…。「洋祐が感じていたことを自分の目で確かめたい」。そんな思いで梢さんはツール・ド・東北への参加を決めた。縁のなかった石巻市を2年連続で走り、洋祐さんがこの土地を愛した理由が少しずつ分かってきた。
 エイドステーションで出される食事は、どれも絶品だった。坂道を登る時、地元の住民が下から風を送るような身ぶりで、「ほら行け! 頑張れ!」と励ましてくれる姿に感激した。「きっと洋祐も、こんなふうに地元の人たちに支えられて生きてきたはず。いい街だ」としみじみ語る。
 「悲しい場所でもあるけれど、自分が生きている限りはずっと見続けたい」。来年以降も出場するつもりだ。


2014年09月15日月曜日


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