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<仙台いやすこ歩き>(95)イチゴ狩り/笑み止まらない旬の味

 「ねぇ、イチゴの旬は2月らしいよ」「へぇ、今か…、ところでイチゴ狩りって行ったことある?」「…ない」「実は、私も!」と、顔を見合わせにっこり。今回のお題も決まり、2人は夢のイチゴ狩りへ出掛けることに。
 仙台市地下鉄南北線に乗り、泉中央駅からバスで約15分、「鶴ケ丘ニュータウン入り口」に降り立つと、広々とした田畑の中に大きなビニールハウスが見える。ここは泉区松森にある「一苺一笑(いちごいちえ)松森農場」(本社は宮城県山元町)で、待っていてくれたのは、株式会社一苺一笑・チーム松森の販売リーダー、大野明(あき)さん(39)。早速案内されてハウスに入れば、「うわ、暑っ」。驚く2人に、大野さんは「ハウスの中は27、28度あるんですよ」とハンガーを手渡してくれる。
 ハウスは2700平方メートルもあり、なんと2万3000株のイチゴ苗があるそうだ。透明なビニールハウスからは青空が見え、太陽さんさんの下、みずみずしい緑葉に見え隠れするイチゴたち。真っ赤に熟した大粒のイチゴもあれば、ようやく実になったばかりの赤ちゃんイチゴまで、まさにたわわに実っている! 品種は、宮城生まれの「もういっこ」と、「とちおとめ」「べにほっぺ」「よつぼし」。「わっ、4種類も」。わくわく感はもう上昇しっぱなしだ。
 イチゴ棚は2段になっていて、それぞれ違う品種が植えられている。「食べ比べも楽しんでもらいたいと思っています。それと低い段があることで小さなお子さんや車イスの方も摘みやすくなっているんですよ」
 そんな中を、小さな子どもを連れたママさんグループ、シルバー会の人たち、かと思えば若いカップルの姿も。広いハウス内では楽しげな声が聞こえてきても、すれ違うことは珍しい。「平日はこんな感じですが、土日は家族連れが多く、この間の日曜は240人の来場者があって、お昼で営業を終了しました」
 多くの人に楽しんでもらえるように、ハウス内は四つのゾーンに分けられ、日替わりで開放しているそう。
 イチゴ棚を巡っているのはお客さんだけではない。「この子たちも一生懸命働いているんです」と大野さんが指さす方を見ると、クロマルハナバチが白いかれんな花の真ん中に降り立ち、黄色い部分をくるくると歩き回る。ハチがこうして満遍なく歩くことで、受粉が十分にできてイチゴのあの形ができるそう。まれに見掛ける小さくいびつな形は、ハチの働きが中途半端なためだという。脚に黄色い粉をいっぱいつけたハチはどこか重そうで、画伯が「働き者だねぇ」とぽつり。そんな光景を見るのも楽しい。
 働き者はスタッフの皆さんも。室温、湿度はコンピューターで管理されているものの、古い葉を取り、病気になっていないか、虫が付いていないかなど、葉一枚一枚を手入れして回る。「この子たちも品種ごとにくせがあるんです」と、まるで子育てするお母さんのようだ。
 イチゴを一口かじる。摘みたての、みずみずしいことったらない! もういっこは、食べ応えあり、うま味あり。こっちは甘い、こっちは酸っぱいと、ニコニコが止まらない2人だ。

◎宮城の生産量は全国10位

 イチゴの原産地は南北米大陸。栽培イチゴのルーツは、北米産と南米産をかけ合わせて1700年代に誕生した「オランダイチゴ」である。日本には1830年にオランダ人によって長崎にもたらされた。1899年に国内での初品種「福羽」が誕生し、これにより定着。1960年代、ビニールハウスの普及で全国に広がった。栃木生まれの「女峰」の登場はクリスマス時期の出荷を可能とし、夏の季語だったイチゴは冬のフルーツの代表となる。
 宮城県は東北におけるイチゴ王国で、生産量は全国10位。主な生産地は亘理町、山元町、石巻市などである。
 「一苺一笑」は、イチゴを主とした農業生産法人。東日本大震災で大きな打撃を受けた山元町のイチゴ農家の若い後継者3人が、産地復興と通年雇用を目指して2012年3月に設立した。以来、苦難を乗り越えながら、消費者が求めるイチゴ作りに励み、昨年1月には、仙台の人々にもぎたてのイチゴの味を届けたいと松森農場を開園した。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


2019年02月18日月曜日


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