特集

<仙台いやすこ歩き>(108)はらこめし/味わい絶妙 政宗も舌鼓

 ようやくだ、季節もぴったり。いやすこが降り立ったのはJR常磐線の亘理駅(宮城県亘理町)。そこからさらに荒浜へと向かい、旬魚・鮨(すし)の店「あら浜」にやってきた。目当ては、そう、はらこめし。開店前のひととき、浜のお店にはきりっと生きの良さが感じられる。出迎えてくれたのは、2代目統括店長の塚部慶人さん(38)とお母さんの慶子さん(67)だ。
 受付には「祝 はらこめし推進条例制定」の亘理町のポスターが貼られ、町挙げてのはらこめし伝承を発表したばかりというから、これもタイミングぴったりと、お話を伺う。

 元をたどれば荒浜の漁師料理で、秋に阿武隈川に帰ってきた雌のサケ1本を、余すことなく料理したそう。地元の郷土料理として家で代々伝えられてきたのだ。「うちも祖母から母へ、私へと、家の味として引き継がれているんです。だから家ごとに味が違うんですよ」と塚部さん。
 今では、身は脂が乗っている雄のサケから、はらこは雌から。「はらこは独自の手法で薄皮をむいて、みがきはらこにします」。「みがきはらこ!?」と思わずハモってしまった2人のために、塚部さんは早朝から用意したという、きょう一日分のみがきはらこを見せてくれた。ぴかぴかと、生きよく、なんとも美しい。
 はらこは熟成するほどに粒は大きく、脂の乗りも良くなり、薄皮はサケが川に入って真水を吸うことで柔らかくなるという。上ランクを仕入れ、みがきはらこにして加熱・味付けするのだが、ここでも塚部家伝来のだしが注ぎ足しで使われる。
 「はらこの状態によっては手の温度だけの加熱となります」。まさに手の技。切り身も別のだしで煮て、ご飯、サケ、はらこが最後に一緒に盛り付けられるが、口に入ってはらこが溶けた時の味わいのバランスを大切にしているそう。
 伊達政宗にも新米を使って献上され喜ばれたというはらこめしは、少なくとも400年以上の歴史を持つ。それを伝えていたあら浜でも危機があった。

 東日本大震災で更地に看板を残すのみとなった時、「正直、やめようと思いました」と話す。それでも、仙台のデパートからの催事の誘いをきっかけに、仙台市青葉区本町で営業し、荒浜での再開にこぎつけたのが4年前。
 「サケは4、5年かけて栄養を蓄え、命を懸けて母なる川に帰ってくる。その恵みをいただけるわけですから、すごくありがたい。感謝して提供させていただいています」。はらこめしを提供するのは9月から12月初旬ごろまで。
 宮城・亘理の郷土料理は、その土地、季節に食べていただきたいと、東京での催事出店は控えているそうだ。1日1000〜2000食分。炊きたてを準備しているという店には、雨の平日にもかかわらず、首都圏ナンバーの車も乗り付け、老若男女が行列していた。
 待ってました! 本場・荒浜でのはらこめし。たっぷりのはらこ、サケもふっくらと柔らかく、県産ひとめぼれの新米とあいまって、本当においしい。魚臭さが苦手な画伯は「魚臭さ、生臭さが1ミリもないね。あら汁も絶品」と、満足この上ない笑顔である。

◎秋の珍味元は「お供え物」

 サケ(シロザケ)は日本では東北以北に多く、漁獲高は北海道がダントツ1位で、宮城県は第4位である。三陸では主に定置網で捕られ、生活段階の違いによって秋サケ(秋に産卵のために沿岸、川に戻ってきたもの)、オオメ(春に沿岸で回遊しているもの)、ケイジ(秋サケと一緒に漁獲される回遊期のもの)に分けて取引される。秋サケは、さらに成熟度によってギン、Aブナ、Bブナ、Cブナと分けられる。
 古来、阿武隈川のサケは名高く「秋の珍味」とされた。はらこめしは阿武隈川河口にある亘理町荒浜に伝わる郷土料理で、新米とサケを調理して神社に供えたことが始まりといわれる。貞山堀工事の視察に訪れた伊達政宗に漁師が献上し、大層喜ばれ、側近に吹聴したことが広く知られるきっかけになったと伝わる。
 ちなみに「イクラ」が一般的な呼び名であり、「はらこ」はこの地方の方言で、特に塩漬けしないイクラを指す。
 11月末まで、亘理町観光協会による「はらこめしスタンプラリー」も開催されている

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


2019年11月11日月曜日


先頭に戻る