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<仙台いやすこ歩き>(113)湯豆腐/甘味とコク 心ポカポカ

 今日、いやすこは「ちい旅」に出た。
 JR仙山線に乗って山形方面へ。途中、国見駅手前あたりで青い水平線が見えると、「わぁ、太平洋が見える」と、もう旅気分。愛子駅で降り、仙台市バス「二口行き」に乗り込む。バスは山を抜け、温泉街を過ぎ、秋保街道をひた走ること約40分。

 降り立ったのは、秋保大滝である。平日とあってここで降りたのはいやすこ2人の他は1人。しんとした雰囲気の杉木立の階段を行くと、水音が近づいてくる。目に飛び込んできた高さ55メートル、幅6メートルの大瀑布(ばくふ)。「冬でもこんなに水量が多いんだ」と圧巻の風景に見入ること、しばし。と、小雪もちらつき出し、当初の目的を思い出す。
 そう、この滝見台そばにある不動茶屋こそ今日の目的地なのだ。店から漏れるステンドグラスの灯が温かく、趣ある建物の中から若い女性が「よかったらどうぞ。中は暖かいですよ」と声をかけてくれる。
 太田綾さん(34)。取材にきた旨を伝えると、奥の厨房(ちゅうぼう)から太田弘美さん(60)も顔を出してくれた。母娘かなと思って伺うと、弘美さんのおいのお嫁さんが綾さんとのこと。
 弘美さんの実家は、知る人ぞ知る秋保の太田豆腐店。豆腐作りの歴史は古く、かつて山寺へと通じた秋保街道には宿屋が多く、そこで提供する豆腐を作っていたというから江戸時代、もしかしてもっと前からかも、と話す。「豆腐作りは冷たい水を使う大変な仕事で、周りがもうやめろと反対する中、母はやめたくないと守り続けていたんです」と弘美さん。
 そこで弘美さんとご主人は25年前、ここにあったあずまやを改装して不動茶屋を開き、お母さんの豆腐を出すことに。そこから太田豆腐店のファンも広がっていったそうだ。ここがアンテナショップだったわけだ。今、太田豆腐店で豆腐を作っているのが綾さんのご主人である。
 綾さんは仙台生まれで、東京でアパレル関係の仕事も経験してきたという。つい最近この店に出るようになったが、「いいですね! いろんな人とも会話できて、何より雄大な自然に見守られている感じがします」と笑顔を輝かせる。

 2月になると水墨画のような滝景色をお目当てに、タイやマレーシアの人も訪れて注文するという湯豆腐をいただく。1人前がお膳にのった湯豆腐は、見た目にもごちそう感が高い。たっぷりの大根おろしが入ったみぞれ鍋に、大きめに切られた豆腐がくつくつと浮かんでいる。まず何も付けずにそのままいただくと、甘味とコク、そしてしっかりとした弾力。宮城県産大豆ミヤギシロメを多めに使っているそう。
 さらに、かつお節たっぷりのタレに付けながら食べる。みぞれもおいしくて、2人の前の鍋は洗ったように空っぽに。鍋全体の味わいが柔らかいのは、近くの湧き水・弘法清水を使っているからだそうだ。秋保の森の景色が広がる窓際に座り、ごちそう湯豆腐を食べたいやすこはおなかもポカポカ、心もポカポカ。「なんか眠くなってきたね」と幸せ旅満喫である。

◎江戸期の京都で人気沸騰

 湯豆腐は、江戸時代の万治年間(1658〜61年)に大阪・高津神社の石段下に高津豆腐と称する湯豆腐屋ができ、これが始まりという説がある。
 一方、京都では17〜18世紀にかけ、精進料理として豆腐料理が盛んになる。現在も大覚寺や天竜寺など寺院周辺に豆腐料理を出す店が多い。南禅寺名物の湯豆腐も、門前の茶屋料理に始まったという。
 天明年間(1781〜89年)になると、江戸でも「小鍋立て」という小さな鍋に食材を入れ煮ながらいただく鍋料理が流行。ドジョウ鍋、肉(イノシシや鹿)鍋などがあったが、特に好まれたのが湯豆腐で、川柳にも多く詠まれている。
 <湯豆腐は波うち際ですくい上げ>
 湯豆腐は体を温めるだけではない。豆腐自体、健康を維持増進させる機能性食品としての効用も持ち、高血圧・コレステロールが原因となる動脈硬化を防ぎ、脳出血、心筋梗塞、狭心症など、特に寒い季節に心配な疾患の予防にも効果があるとされる。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


2020年02月03日月曜日


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