特集

<伝えたい戦争体験>卒業式に「海ゆかば」

鈴木與助さん

◎栗原市築館・無職 鈴木與助さん(85)

 築館尋常高等小1年の教科書にあったのは「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」。仙北鉄道築館駅では小旗を振り、万歳をして出征兵士を見送りました。卒業式では「蛍の光」でなく「海ゆかば」を歌ったんです。当時はそれが普通だと思っていました。
 1945年春、私たち旧制築館中3年生は陸軍王城寺原演習場で、大人に混ざって滑走路を造る勤労奉仕をしました。食事はワラビ8割、米2割のご飯。ある日父が仲間と築館から餅を持って、自転車で来ました。取り合いになって食べられなかったけど、おやじが来てくれてうれしかった。
 夏。学校の講堂でラジオ放送を聴き、終戦を知りました。先生や配属将校が涙しました。「これからどうなるんだろう」と不安の方が大きかった。
 小中学校は戦争の時代でした。ああいう思いは2度としたくない。平和の尊さを考えなければと思います。

【関連写真特集】<仙台空襲>焦土のまち…助け合い再生へ
https://photo.kahoku.co.jp/graph/20150702/sendaikusyu/001.html


2015年08月07日金曜日


先頭に戻る