特集

<伝えたい戦争体験>鉱山を狙った爆撃機

菅原正義さん

◎栗原市・元細倉鉱山社員 菅原正義さん(79)

 1945年8月10日、私が小学生のときのことです。朝に警報が鳴ったので、防空頭巾をかぶって家族や近所の人と裏山の杉林に逃げました。うつぶせになって親指で耳の穴をふさぎ、4本の指で目を押さえました。ごう音で鼓膜が破れないよう、爆撃の風圧で目玉が飛び出さないよう、そう教えられていました。
 頭上を飛行機の爆音が通り過ぎたので空を見上げると、十数機の爆撃機が南に向かっていました。後に細倉鉱山が爆撃されたと聞きました。私が鉱山に勤め始めたころは銃撃で壁が穴だらけになった倉庫がまだありました。爆弾の破片10点が市鉱山資料館に展示されています。
 戦時中は松の根から油をとるため、松を掘り起こした穴がそこら中に開いていました。そんな物資不足では米国に勝てるわけがありません。戦争はもうたくさん。平和が一番です。

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2015年08月08日土曜日


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