特集

<伝えたい戦争体験>若い人平和つないで

工藤ルリさん

◎青森市・無職 工藤ルリさん(86)

 青森空襲が起きた1945年7月28日、青森県田舎館村(旧光田寺村)の実家から、大釈迦峠の向こう側に焼夷(しょうい)弾が落とされるのを見ました。
 母から「出ればまね(出たら駄目)」と言われましたが、気になって見てしまいました。あの日の真っ赤な空の色は恐ろしくて忘れられません。居間で祖母や母ら3人と身を寄せ合っていた時は生きた心地がしませんでした。
 戦時中、役場勤めの父は職場を離れられず、長男は戦地に駆り出され、女だけで家庭を守りました。私も日中は女学校で縫製などの作業をし、帰宅後は体の弱い祖母の看病をしつつ家業の畑仕事を手伝っていました。空腹や労働の疲れが癒えないまま過ごす日々は心身共につらかったです。
 あの頃のような苦しい思いを孫たちにはしてほしくない。若い人が平和をつなぐことを願っています。

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https://photo.kahoku.co.jp/graph/20150702/sendaikusyu/001.html


2015年08月08日土曜日


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