特集

<伝えたい戦争体験>被弾鉄橋 風化させぬ

宮古市・伊藤幸男さん

◎宮古市・無職 伊藤幸男さん(78)

 終戦直前の8月9、10日に宮古空襲がありました。8歳だった私は母と近所の女児の3人で自宅近くの防空壕(ごう)に避難しました。その時、路上に映った米軍機の影を見ました。あまりの恐怖に顔を上げられなかった記憶があります。
 米軍機はJR山田線の閉伊川鉄橋にも銃弾を浴びせ、厚さ9ミリの分厚い鉄板を貫いた跡が残りました。戦争の恐ろしさを伝える題材として活用されてきましたが、鉄橋は東日本大震災の津波で崩落しました。
 市が復興作業のため鉄橋を処分すると聞き、有志で「保存する会」をつくり残すよう働き掛けました。弾痕が多く残る部分を保存してもらい、市文化会館に展示してあります。毎年夏に見学会を企画しており、ことしは11日に開きます。宮古は震災と戦災の両方を体験した街です。どちらの記憶も風化させないよう活動を続けていきます。


2015年08月09日日曜日


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