特集

<伝えたい戦争体験>夏も目立たぬ黒い服

船沢久一さん

◎秋田市・無職 船沢久一さん(82)

 戦時中は戦闘機が飛び交い、目立たないように夏でも黒の冬服を着て、田んぼで作業をしていました。除草中、父に「せき(逃げ穴)に入れ」と叫ばれ、逃げて助かったこともあります。
 1945年8月14日、夜中に警報が鳴ると同時に「ボーンボーン」と音がしました。土崎空襲でした。急いでリュックを背負い、幼いきょうだいたちに防空頭巾をかぶせて防空壕(ごう)まで連れて行きました。父と一晩中、家の見張りをしました。
 翌日、終戦を告げる玉音放送があったと先輩から聞き、「死ななくていいな。ゆっくりできる」と解放された気持ちになりました。
 配給生活は戦後も長く続きました。魚も着物も全てです。みんな口では「勝つぞ」と言っていたけれど、戦争が終わって心では安堵(あんど)したと思います。もう絶対戦争はしてはいけません。


2015年08月10日月曜日


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