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<伝えたい戦争体験>勤務中頭上飛ぶB29

佐藤とし子さん

◎上山市・主婦 佐藤とし子さん(86)

 1944年の春に学校を卒業し、国鉄に就職しました。もっと勉強したかったのですが「君のため、国のために働かなければならない」という時代でした。車掌として勤務しました。警戒警報が頻繁に鳴り、上司からは「いつ列車が狙われるか分からない」と注意を受けていました。B29が頭上を飛んでいった時は、ものすごい音がして本当に恐ろしかったです。
 山形駅前の広場は毎日、海軍飛行予科練習生(予科練)に入る青年と、見送りの人であふれていました。45年になると、空襲で焼け出されて東京から疎開してくる人も大勢いました。
 苦労や悲しみが骨の髄まで染みこんでいる私たち世代からすれば、衣食住に苦労せず、自由に発言できる今は天国のようなものです。戦争以上の悲劇はありません。戦争をするエネルギーがあったら、それを平和のために使うべきです。

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2015年08月11日火曜日


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