特集

<伝えたい戦争体験>米戦闘機が機銃掃射

宮城県南三陸町・男沢達夫さん

◎宮城県南三陸町・元町議 男沢達夫さん(83)

 1945年8月9日、旧歌津町(現南三陸町)で太平洋沖に米軍の空母や戦艦が並んでいるのが見えました。
 戦闘機は早朝、相次いで内陸へ向かい、夕方帰ってくる。地上からパイロットの顔が見えるくらいの低空飛行でした。その際、機銃掃射を受けた泊浜地区の男性が亡くなりました。
 当時は言論統制があり、不安を口にできません。何が起こっているのか分からないまま、防空壕(ごう)に駆け込みました。飛行場があった王城寺を狙った攻撃だと推測しています。
 1カ月前の仙台空襲は東北学院中に在学中で、攻撃前に兄たちと親戚宅へ逃げました。高台から炎で赤く染まった仙台中心部をぼうぜんと眺めていました。
 戦争は二度とあってはならない。その後、チリ地震津波と東日本大震災に遭いましたが、災害と違って努力で回避できるからです。


2015年08月14日金曜日


先頭に戻る