特集

<伝えたい戦争体験>爆撃機 自宅近くまで

石巻市・平つや子さん

◎石巻市・無職 平つや子さん(82)

 日中戦争で8人きょうだいの一番上の兄を亡くしました。部隊の最前線で敵の襲来を知らせる観測班に所属していたそうです。戦地から「生きて帰れるか分からないので、きょうだいをよろしく」と両親に手紙を送っていました。
 戦時中の住まいは今の石巻市河北地区。松島基地を攻撃する米軍の爆撃機が自宅近くまで飛んで来ました。布団の中綿で作った防空頭巾をかぶり、家の近くの竹やぶに逃げました。
 住んでいた地区は水田が多く、男性は戦地に行ったので、子どもも田んぼを手伝いました。東京などから疎開してきた人が、着物と引き換えにコメをもらおうと、自宅を訪ねてきたことを覚えています。
 食べ物には苦労しました。戦争は起こしてはいけません。そのためにも、国の代表が話し合い、お互い仲良くする意志を示すことが大事だと思います。


2015年08月16日日曜日


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