うたの泉(984)やはらかなはなびらが母である茄子を ふふめば吾に充ちるむらさき/勺禰子(しゃく・ねこ)(1971年〜)

 実になる前の「茄子(なす)」の花を思い浮かべています。紫色のやわらかな花びらがしぼんで結実し、ふっくらと太った。食べる「吾(われ)」のイメージや体に紫色が広がってゆくと歌っています。ナスの実の母は花びらであるという表現に敬虔(けいけん)な思いが込められているようです。目の前にあるものには元がある、因果があると考えているのでしょう。<はじめてのそして最後の夕日浴び解体家屋はからだを開く>は物体に身体性を与えて無残さを描いています。
(梅内美華子)


2019年07月05日金曜日


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