<東北の本棚>闇を抱えた消防群像劇

◎119 長岡弘樹 著

 「市民の命と財産を守る」ことが消防の崇高な使命であり責務である。とはいえ、従事する一人一人が常に熱いヒロイズムに燃えているとは限らない。九つの連作短編の巻頭「石を拾う女」の主人公、救急隊員の今垣が語るこの言葉が、本書全体を貫く命題となっている。
 「消防官は誰もみな、いつ顔を出すか分からない闇を抱えたまま、それをぎりぎり押さえつけている危うい存在だ」
 舞台は和佐見消防署漆間分署。虚栄心、おびえ、復讐(ふくしゅう)心、悔恨。誰もが身に覚えのある負の感情にとらわれながら、日々職務と向き合う。
 死亡事案ゼロを誇る土屋は、マンション火災に出動し、救出に入った室内で上司が住人の私物の書類を防火服の懐にしまい込むのを目撃する。以来、上司は土屋に雑務を命じては傍らで監視するような態度を取る。しかも住人は救出のかいなく死亡したにもかかわらず、土屋は分署長賞の表彰を受ける(「白雲の敗北」)。
 ベテラン救助隊の猪俣は、コロンビアにある和佐見の姉妹都市でレスキュー技術の研修指導に当たっている。帰宅中、不運にも反政府ゲリラに身代金目的で誘拐されるが、壮絶な手段で拉致現場からの脱出を試みる。そもそもなぜ猪俣は、危険を承知で海外派遣を志願したのか(「救済の枷(かせ)」)。
 表題通りの消防ミステリーは、生死がせめぎ合う極限の心理描写と、周到なトリックで予測不能な結末が魅力の群像劇。「雨にぬれたアスファルトから立ち上がるにおいの正体」といった科学知識もちりばめられ、30ページほどの一編を読み終えるごとにその密度の濃さに驚く。
 著者は1969年山形市生まれ、同市在住。ベストセラーとなった警察学校が舞台の異色の警察小説「教場」は、木村拓哉さん主演で2020年新春ドラマ化される。東北に根ざす短編の名手は、今後ますます注目を集めそうだ。
 文芸春秋03(3288)6142=1620円。


2019年09月08日日曜日


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