<東北の本棚>人民の作曲家 実像探る

〓星海とその時代 平居高志 著

 中国で最初の交響曲作曲家となった〓星海(しょうせいかい)(1905〜45年)は、国歌「義勇軍進行曲」を作曲した聶耳(じょうじ)と並ぶ国家的英雄とされる。「中国のベートーベンになる」と西洋音楽を志す一方、日中戦争中に大衆向けの「抗日歌曲」を手掛けて成功を収めた〓の実像に鋭く切り込む労作だ。
 著者は約30年前に旅先の香港で偶然、〓の代表曲「黄河大合唱」が収録されたカセットテープを買った。演奏の素晴らしさに心引かれた半面、日本の侵略への抵抗を呼び掛ける歌詞だと気付く。作曲者は一体何者なのか。興味を覚えた著者は足跡をたどり始める。
 毛沢東に「人民の音楽家」と称賛された〓だが、調べると意外な姿が浮かぶ。若い頃にオーケストラでの活躍を夢見ながら、欧州の音楽家たちには評価されなかった。パリ留学も学半ばで帰国するなど挫折した。ところが彼の自伝には「パリでデュカスら名作曲家に学んだ」などと華やかに書かれ、多くの誇張や捏造(ねつぞう)があるという。著者は資料を丹念に調べ、虚飾を一つ一つはいでいく。
 〓は挫折を経て、日中戦争のさなかに抗日歌曲を手掛ける「救亡音楽家」へと転身し、大成功を収める。生活費を稼ぐ事情に加え、愛国心が転身を後押しした。絶頂が著者の聴いた「黄河大合唱」というわけだ。人の心を動かす曲を作る力はあったのだろう。経歴の誇張は強い成功願望と、中国共産党の評価を意識しての行為だったと著者は分析する。
 後に〓は中国初の交響曲第1番「民族解放」を作曲するが、やはり欧州では話題にならなかった。大成功を得ても真の願いはかなわない。そんな数奇な人生が詰まった一冊だ。
 著者は石巻市在住。1962年大阪府生まれ。89年から宮城県立高教諭。2017年に東北大文学博士。
 アルファベータブックス03(3239)1850=3850円。

※〓はニスイに先


2019年11月10日日曜日


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