<東北の本棚>精神医学通し芸術考察

その世界の猫隅に 斎藤環 著

 現代文学や映像、アートなど日本の芸術分野の最前線で活躍する作家、作品を精神医学のフィルターを通じて論考した批評集。主にここ数年、芸術誌や文芸誌に寄せた論を収録した。
 著者が絶賛する邦画へのオマージュであろうタイトルには、「猫隅」の言葉を与えた。その作品世界を特徴付ける主体性を際立たせるのが批評の役割であるならば、その主体性とは、家猫が好んでたたずむ場所=猫隅に宿ると解説する。愛猫からヒントを得たという。
 作家編は、石原慎太郎の精神分析と共に、田中角栄の半生を描いた近著への失望感を示して始まる。紀州を舞台とした小説で戦後生まれでは初の芥川賞作家となった中上健次には多層的考察を展開し、作品の「ヤンキー文学的」要素を解き明かす。阿部和重(東根市出身)は小説「Orga(ni)sm」で作者の色を見事に消すことに成功し、「純粋物語」の完成に行き着いたと賛辞を贈る。
 こうの史世の同名漫画を原作とする大ヒットアニメ映画「この世界の片隅に」を「映像文化史上最高の作品」と評した。緻密な時代考証、俳優のんの声優起用などが見事に連動し、戦時下に生きる女性を、実写映画さえしのぐリアリティーで現在によみがえらせる希代の作品に成就したと指摘する。
 アートでは、アナログとデジタルの融合技術で新しい少女像を描く画家の高松和樹、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の作者荒木飛呂彦(共に仙台市出身)らを紹介。「われわれにできることは、この途方もない創造性の塊から学び続けること、ただそれだけなのだ」と荒木の比類なき才能を表現する。全編を通じ重厚な評論がなされ、著者の奥深い芸術思索の世界に浸る。
 著者は北上市出身。精神科医、筑波大教授。引きこもり研究の第一人者でもある。(浅)
 青土社03(3291)9831=2420円。


2020年08月02日日曜日


先頭に戻る