<まちかどエッセー・工藤敏夫>今もなお記憶に残る講習会

 5月6日昼、私は東北大の中央体育館の外に座り、仲間と共に、館内から聞こえる音声に耳をそばだて、前日受講した興奮を思い返していた。社会人なりたてのゲルピン(学生用語で金欠のこと)にとっては、1回の受講料が限度だったからである。
 昭和31年春、アメリカから、世界的フォークダンス研究者として有名なマイケル・ハーマン夫妻ら5人の指導者が派遣され、40日間にわたり、全国17都市で講習会が開催された。フォークダンス先進地の仙台は、特例3日間の開催。5月4日から仙台市青葉区片平の東北大中央体育館と米ケ袋の県工業高校の2会場で、計8回の講習会(4日夜、5日昼夜、6日昼)が開かれた。
 東北・北海道地区唯一の開催とあって、希望者が殺到する。講習会の効率と普及を考慮した主催者は、各県の指導者は東北大で、愛好者は県工での受講とし、講師は両会場を往復する、分刻みの指導。講師・受講者とも実に真剣であった。
 前日の講習会は、実技に入ってすぐ、通訳を介する指導がしばしば中断した。と突然、ハーマン氏は夫人を伴い、会場中央で歌い、踊りだした。「ララ、ラーラララ、ララ、ラーララララ」。それは「ジュビディジュビダ」というフランスの踊りだった。
 踊ってみせた後、「皆さん、ご一緒に」。私たちは夫妻の動きを見習いながら動いた。ハーマン氏は時折踊りを中断し、踊りの特徴や留意点を短く説明し、受講者はそこに気を付けて踊りを楽しんだ。特に彼が「アレンジされた踊りでない、オーセンティック(正真正銘)な踊り」と強調していたことが、今も強く印象に残っている。
 他の講師も、ジェーン・ファウェル嬢はオーストリア、スイスの踊りを、ネルダ・リンディ嬢は情熱的なメキシコの踊りを、ラルフページ氏はコントラダンスをと、それぞれの持ち味を存分に発揮しての講習は、私たちを魅了した。
 ハーマン一行が来日中に紹介した踊りは総計92曲。その半数近くが60年後の現在も踊られている。実に画期的なオーセンティックな講習会ではあった。今もその熱気を思い出す。
(日本フォークダンス連盟宮城県支部前支部長)


2019年05月13日月曜日


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