<まちかどエッセー・工藤敏夫>最近、考えさせられたこと

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 昨年の秋、近しい友人から相談を受けた。肉親が入院している病院から「最近食事を満足に取れない状況で、このままでは1〜2カ月でお別れになりそうである。『いろう』という処置をすれば、それを避けることはできるのだが、どうしますか。検討の上、来週中にお返事を」と言われたのだという。「どうしたらよいだろうね」と。
 突然の相談に、私は面食らった。父は5年間、母は10年超の闘病生活を経て旅立ったが「長期の入院は、制度上無理なので、転院先を探してほしい」とは言われたものの、そうした処置などの話は、聞いたことがなかったからである。
 私は尋ねた。「果たして回復はあるの」「否。それを選択しても、現状が維持されるだけ」と彼は言う。いろうの知識が乏しい私は、沈黙の末、愚答を選ぶしかなかった。「後は、ご家族のお考え次第でしょうね」と。
 後日、彼に尋ねると、ご家族の間でも大変揉(も)めたという。「寿命に委ねるべきだ」「できる限り長生きしてほしい。そのために可能なことは全てしてあげたい」など、話し合いが続いた末、「できる限りの処置」をお願いすることになったという。
 調べてみたところ、「いろう」は「胃瘻(いろう)」といい、管を通して栄養分を補給する技術で、比較的最近開発された新技法という。道理で20年も前の父母の時には聞かなかったのだと納得すると同時に、この技法を巡っては、友人の家での議論と同じ意見が多数あることや、単に延命のためだけでなく、治療中に体力をつけさせるための使用などもあることを知り、自分の不明を恥じながらも、いろいろ考えさせられた。
 肉親の心情としていつまでもとの気持ちは痛いほど分かるのだが、本人の意向は、どうなのかとも。
 私は、寿命は与えられたもの、だから、できる限りそれに従いたいと考えている。そうだ、家族には伝えておこう。落語にあるように、生命の皿の油が尽きたら、それで一巻の終わり。油のつぎ足しは、一切お断りだよ、と。
(日本フォークダンス連盟宮城県支部前支部長)


2019年05月27日月曜日


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