<まちかどエッセー・長沼広>縁の下の力持ち

[ながぬま・ひろしさん]1952年山形市生まれ、東北大医学部卒業。東北大病院に勤務し、米国のロックフェラー大に2年間留学。帰国後、仙台市立病院に勤務し、定年退職。現在は仙台赤十字病院勤務。

 私は病理医である。専門は甲状腺病理。
 森永正二郎さんの「誰も知らない病理医の話」が1991年、文芸春秋に掲載された。その存在が、ほんの少し話題になったが、瞬く間に忘れ去られた。
 2016年には漫画「フラジャイル 病理医岸京一郎の所見」がテレビドラマ化された。視聴率は9%程度で、全国では数百万人が視聴したようである。やっと社会に認知されてきたのか、17年には芦田愛菜さんが「病理医になりたい」と言って話題になった。
 欧米では100年以上前から病理医の存在が知られている。ドイツに学んだ日本の現代医学では病理は基礎の学問として認識され、ちまたからは遠ざかった。
 病理医の仕事は患者さんから採取された組織を顕微鏡で観察し、病気の本態を探ることである。例えば、乳がん検診で要精密検査という結果が出た時に、その検査を担当するのだ。
 それが、がんかどうかをチェックする。見逃せば、がんは進むし、間違ってがんと診断すれば、不要な治療が始まる。
 臨床医は患者さんと話しながら病気の説明をするが、病理医は顕微鏡の中の組織像を通して、患者さんと対話する。患者さんと直接関わることはまれだが、医療全体の土台を支えていると自負している。
 先日終了したラグビーのワールドカップに、多くの人が興奮したことだろう。快足を飛ばしトライを量産するバックスに目が行きがちだが、そこにボールを供給することでゲームを作り支えるのはフォワードだ。まさに縁の下の力持ち。いろいろな分野で、フォワードのように大切な仕事をしている人は多いはずだ。
 日本の病理医の数は少なく、日夜忙しく仕事をしている。働き方改革が叫ばれる世の中だが、人手不足の業界の一つとあって、休みを取れない人も多い。それでも縁の下の力持ちは、見えても見えなくても、懸命に働いている。
(病理医)


2019年11月11日月曜日


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