<まちかどエッセー・長沼広>蓬莱山は探さない

長沼広[ながぬま・ひろし]さん 1952年山形市生まれ、東北大医学部卒業。東北大病院に勤務し、米国のロックフェラー大に2年間留学。帰国後、仙台市立病院に勤務し、定年退職。現在は仙台赤十字病院勤務。

 秦の始皇帝は不老不死を願い、徐福に命じて東方の蓬莱山(ほうらいさん)などに向け、妙薬を探させた。その伝説が、富士吉田(山梨県)の周辺に伝えられている。そんな富士山の命名逸話の一つに竹取物語がある。
 月に帰るかぐや姫から不死の薬を贈られた「帝(みかど)」は「姫に会えないなら薬はいらない」と、天に一番近い山で焼くように命じた。だから不死山(ふじさん)というそうだ。時代を飛び越えて人間と不死との関係が語られているのは面白い。
 一般的に生物は種の保存のために生きている。それが完了すると役目を終えて死を迎える。生物は生と死を繰り返して進化してきた。病気や事故がなければ若くして死ぬことは少なく、老化して全身の機能が落ちてゆっくり死に至る。だが、人間とは実に不思議な生き物なのだ。知恵と技術を継承するために、子育ての後も「街の図書館」の役割を担って長生きする。
 長生きは老化との戦いだ。例えば、がんと認知症。今や2人に1人はがんになり、5年後には65歳以上の3人に1人は認知症になると言われている。
 がんは遺伝子が傷つくことで引き起こされる。認知症は、正常に発達した精神機能が慢性的に減退・消失して日常生活が営めなくなることだ。両方とも長生きするほど発病の確率は高くなる。
 医療技術が進歩した現在、がんは治る病気になりつつある。認知症も進行を遅らせる薬が開発され、介護方法の研究も進んできた。とはいえ、どちらも早期発見が鍵になる。われわれ病理医は患者さんのがんの顔つき(組織型)を見て、進行状況を調べる。がんで亡くなった方の組織を見るともっと早く見つかればと思う。
 老化は臓器に限らず、皮膚や骨、体全体で進む。どれか一つだけの老化を止めても、からだ全体のバランスが崩れる。始皇帝が願った不老不死は、クローン人間を作る技術が確立すれば生物としては可能になるが、いま生きている「私」が復活するわけではない。薬を焼いた「帝」の気持ちもわかる気がする。
 私は老化を嘆かず、上手に老化して、自分の役目を果たしながら、顕微鏡をのぞいていきたい。
(病理医)


2020年02月03日月曜日


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