<まちかどエッセー・小林隆>寝ないと牛が来るぞ

小林隆[こばやし・たかし]さん 東北大方言研究センター教授。1957年新潟県生まれ。東北大国語学研究室を経て国立国語研究所研究員。2004年東北大文学部教授。博士(文学)。専門は方言学。著書に『ものの言いかた西東』(岩波新書)、『とうほく方言の泉』(河北新報出版センター)など。仙台市青葉区在住。

 子守歌の歌詞にも地域差があるようだ。西日本は寝たらお菓子を買ってやろうとか、きれいな着物を着せてやろうなどと歌うことが多く、東日本は寝ないとお化けが来るぞとか、荷物を背負わせるぞといった歌詞が目立つ。ぐずる子供を前に、西がやんわり甘やかすのに対し、東はびしっと脅す作戦に出る。
 宮城から岩手にかけての三陸沿岸部を調査していたときのことである。子守歌との関係で、子供の寝かせつけ方の表現を調べていた学生がけげんそうな顔でやって来た。今、話を聞いた話者が、幼い頃、「寝ないと牛が来るぞ」といって親に布団に入れられたのだそうだ。どういうことか。牛では大して怖くはあるまい。即座には分からなかったが、そのうち「牛」↓「鳴き声」↓「モー」という連想がひらめいた。そうだ、この話者は「モーが来るぞ」と脅されたのに違いない。幼時の記憶が薄れ、年齢とともにモーが牛に化けてしまったのだろう。
 そもそも東北ではお化けのことを「モー」とか「モーコ」と呼ぶ。「亡者」の「亡」が語源だとか、「蒙古襲来」の「蒙古」が元だとか、いくつかの説があるが、おそらく「もの」に由来すると考えられる。「もの」の発音が変化し「モー」となり、それに「やろっこ」「娘っこ」の「こ」が付いたのが「モーコ」であろう。
 「もの」とは人間に取り付いて災いをなすもので、それが形を成せば「もののけ」となる。これに取り付かれれば「もの狂い」となり、目にできるちょっとしたおでき程度で済めば「ものもらい」ということになる。この「もの」が「モー」の正体である。
 さて、「モー」がお化けだとすると、牛の鳴き声と一緒で困らないか。実は大丈夫、東北の牛はもともと「モー」ではなく、「ベー」と鳴いた。だから東北の牛は「ベコ」なのである。ニャンニャン鳴くからニャンコというのと同じで、ベーべー鳴くからベコなのである。
 しかし、時代は移り共通語に慣らされてしまった現代では、牛は東北でも「モー」と鳴くようになった。そこに「牛が来る」の思い違いも生じるわけである。
(東北大方言研究センター教授)


2020年08月03日月曜日


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