<まちかどエッセー・前川美穂>後に大きな力になるもの

前川美穂[まえかわ・みほ]さん 1986年仙台市生まれ。弘前大で農学・生物学を学び、会社では微生物管理の仕事を経験。震災を機に地元仙台の実家に戻り、家族と「すずめ農園」を立ち上げる。お米を育てながら農体験イベントや発酵の講座を行う。現在は鍼灸(しんきゅう)師も務める。泉区在住。

 茶道の先生は、道具の扱い方に厳しいです。「そういう動作では塗りが剥げてしまうから、してはいけません」「そういう持ち方をすると手あかが付いて、物が悪くなります」「音を立てるということは、それだけモノに負担になっているのよ」。物を扱うときに、こんなにも気を使うことは、今までありませんでした。丁寧に扱う感覚に初めて出会い、訓練しています。
 このように物を大事に扱う茶道の世界では、所作の中で物を落としてしまうのは、一大粗相になります。
 ある日のお稽古。一緒にお稽古していた生徒の1人が、手を滑らせて、茶入れを落としてしまいました。中に入っていた抹茶の粉は、畳にも、そのとき扱っていた桐(きり)の箱にも、落ちて広がっています。抹茶は落ちにくくて、畳や木目の隙間に入り込んで色を付けてしまいます。みんなで大慌てで片付け、拭き掃除をしました。落としてしまった人も、本当に申し訳なさそうにしています。
 一通り掃除が終わったとき、動作の何がいけなかったのか、道具がどれだけ大事で丁寧に扱わなければいけないのか、そういうことを先生は改めておっしゃるのだろうと思っていました。
 ところが、先生の口から出た言葉は、意外な一言でした。「失敗・粗相は、後で大きな力になるわよ」。そして一切、その人の失敗をとがめませんでした。
 先生も、お茶入れがひっくり返ったときには、驚いたし、畳も桐の箱も大切に扱っているものなので、がっかりした気持ちになったと思うのです。それでも、「その経験が、いつかその人の力になる」とだけ伝えた先生の様子に、私は感動していました。
 人に何かを教えるときには、厳しく注意をすることで、その人の行動や習慣を変えることができます。でも、失敗をした時には、厳しさはいらないのだと知りました。その失敗さえ価値があるのだと、励ます姿勢が、人を育てるのだと思います。
 何か失敗をしたときに、心の中で自分自身を責めてしまうことがあります。それは、自分の成長を妨げる厳しさなのかもしれません。自分にも他人にも、「失敗・粗相は、大きな力になる」。そう言える人でありたいと感じた出来事でした。
(すずめ農園代表)


2020年08月31日月曜日


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