<まちかどエッセー・前川美穂>先祖の願い「丸い心」

前川美穂[まえかわ・みほ]さん 1986年仙台市生まれ。弘前大で農学・生物学を学び、会社では微生物管理の仕事を経験。震災を機に地元仙台の実家に戻り、家族と「すずめ農園」を立ち上げる。お米を育てながら農体験イベントや発酵の講座を行う。現在は鍼灸(しんきゅう)師も務める。泉区在住。

 私の実家は、左隣の家と右隣の家と3軒で、裏の山に小さな神様を祭っていました。昔、3軒で助け合う約束して造った神社なのだそうです。昔は家族ぐるみで助け合わなければ、農家の仕事が回らなかったようです。結束を固くするための神様なのだと思います。
 私が小学生のとき、祖母とその神社にお参りに行きました。小さな鳥居をくぐって、ほとんど山道のような急な坂を上って、小さな社にたどり着きます。祖母が落ちている小枝や葉を払いのけ、掃除をしながら、社の縁の下にいくつか丸い石が置いてあるのを教えてくれました。「なんで丸い石が集めてあると思う?」。分からないと答えると、祖母は言いました。「心が丸くなるようにだ。丸い形だと、触っても相手を傷つけないで済むだろう。丸い心でいられますようにと、昔の人は願ったんだ」
 20年近くたった今でも、祖母から聞いたこの話を思い出します。そして、どうやったら丸い心になれるのかを考えます。河原の石は、水の流れの中で他のたくさんの石と交わりながら、角が取れて丸くなっていきます。人の心も同じようなものではないかな、と思うのです。人生という流れの中で、家族、親戚、友人、学校や会社や地域の人たち、たくさんの人と関わって、それぞれの違いに触れると、自分の心の形(価値観や思考)に気付くことができます。相手を知り、自分を知り、違いを認めることで、丸い心になれるのだろうと思えるのです。
 どんなに悪気がなくても、人を傷つけてしまうことがあります。それでも「傷つけたくない」という気持ちを持っていると、自分の心が少しとがって、出っ張っていて、そこが引っかかってしまうのだと、気付きやすくなります。ご先祖様が、神社に石を置いて「丸い心になりたい」という願いを可視化して戒めたように、願いを持つことが大事なのだと思います。
 昔と違い、今は実際に会うことなくSNSで多くの人とつながることができます。価値観や考えが違ってよいのだと、人との違いを認める心、相手を傷つけたくないと願う心、ご先祖様のそういう祈りを受け継ぐことがますます大切になるのではと感じています。
(すずめ農園代表)


2020年10月19日月曜日


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