<まちかどエッセー・氏家靖浩>かもめが翔んだ日

うじいえ・やすひろさん 1966年大崎市生まれ。古川高、宮城教育大卒業。現在、仙台大体育学部健康福祉学科教授。博士(医学/香川大)。公認心理師、精神保健福祉士、学校心理士。千葉ロッテマリーンズファン。仙台市青葉区在住。

 宮城県に暮らしていてプロ野球・千葉ロッテマリーンズのファンですというと、必ず「なぜ?」と聞かれます。昔は仙台がロッテの本拠地だったのでというと、知りませんでしたとおっしゃる方がいる一方で、引き留めたのに逃げていきやがって!と険悪なムードになることもあります。
 そこで「仙台とロッテ」の関係を調べるようになりました。仙台の人々は、特に昭和49(1974)年に日本一になって祝勝パレードを仙台でしなかったことを恨んでいます。でも、当時の仙台はパレードには難しい条件が重なっていました。
 パレード候補地の県営宮城球場(現楽天生命パーク宮城)に近い国道45号線は仙台市電が走り、仙台駅東口に宮城野通はありませんでした。中心部の県庁と市役所の周辺は、勾当台公園のクランク(道路が90度に左・右と2回曲がる)があり、パレードには不向きで、「なじょすっぺ」といっているうちに真冬でした。「んだった」というおんちゃんもいると思います。
 そもそも監督・選手が、宮城県に住んでいませんでした。新幹線もまだ走っていません。東京と仙台の間を特急ひばりが4時間15分で結ぶよりも、さとう宗幸さんの「青葉城恋唄」の大ヒットよりも前のことだったのです。
 やがて、仙台とロッテの「実らぬ恋」は昔話になりましたが、わが国のプロスポーツは各地に本拠地をしっかりと構え仙台でも荒川静香さんや羽生結弦さん、楽天のパレードが行えたので、良かったではありませんか。
 今の宮城は、野球、サッカー、バスケットボールとプロチームが顔をそろえる全国有数の貴重な町です。仙台を離れたロッテのチーム・シンボルは、かもめです。名曲「かもめが翔(と)んだ日」が聞こえてきたら、おらほの町のチームを大切にしようと思いましょう。


2020年11月09日月曜日


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