<裁判員裁判・東北の10年>第1部 経験の後で(1)距離/「遠い」証言台 心で近づく

裁判所への呼び出し状を前に「どうやって断ろうかと思った」と振り返る渋谷さん。出席率は下がり続けている=青森市

 一般市民が刑事裁判に参加する裁判員制度は5月21日に施行10年を迎える。東北では3月末までに591の事件が審理され、約4400人が裁判員や補充裁判員に選ばれた。刑事裁判は「市民感覚」の導入で激変し、今も変革途上にある。制度は10年間に何をもたらしたのか。第1部は東北の元裁判員の声から制度の課題を探る。(裁判員裁判取材班)=第1部は4回続き

 証言台で涙を浮かべた被告のうつろな表情が、今も頭から離れない。

<揺れる胸中>
 青森地裁で2009年9月に開かれた刑事事件の法廷。東北で初、性犯罪では全国初の裁判員裁判だった。「法壇から見た被告を遠くに感じた。すぐ近い距離に座っているのに」。「裁判員6番」を務めた青森市の牧師渋谷友光さん(55)が振り返る。
 当時22歳の被告は盗みに入ったアパートで、帰宅した女性に乱暴したとして強盗強姦(ごうかん)罪などに問われた。争点は刑の重さ(量刑)に絞られた。
 3日間の審理で渋谷さんの胸中は揺れた。
 初日。被害状況を語る女性の悲痛な供述調書を検察官が読み上げると、激しい憤りを感じた。「自分にも娘がいる。冷静ではいられなかった」
 2日目。被告の成育環境を祖母が証言した。父の顔を知らず、母とは死別。被告は法廷で「本当の自分は出せなかった」と少年時代を回想して目を赤くした。
 渋谷さん自身も両親が離婚して親族に育てられ、非行に走った。「事件を起こす前に、誰か被告に手を差し伸べられなかったのか」。やるせなかった。
 被告のこの先が気になり、評議で「刑務所でどんな更生プログラムを受けるんですか」と尋ねた。「資料を取り寄せて後ほど説明します」という裁判長の言葉に「被告の将来は想定外なのか」と感じた。
 最終日。裁判官と裁判員は求刑通り懲役15年の判決を言い渡した。「更生を信じる15年です。決してあなたを諦めた判決ではありません」。最後に裁判長が被告に語り掛けた説諭は、渋谷さんが提案した。
 「裁判官と共に関与することが司法に対する国民の理解の増進と信頼の向上に資する」。裁判員法が冒頭で掲げる理念は裁判官、検察官、弁護人が独占する法廷に一般の常識的な感覚を反映させる「刑事裁判の理想の追求」(現役裁判官)と言える。
 
<低い出席率>
 渋谷さんも「裁判官だけの裁判より、近い心の距離で被告と向き合う裁判だったのは確かだ」と自負するが、市民の間で「理想」への参加意欲は高くない。全国の裁判員選任手続きに、地裁から呼び出しを受けた候補者が出向く出席率は制度が導入された09年の83.9%をピークに下がり続け、18年は67.5%だった。
 渋谷さんは「選挙の投票率が上がらないのと根は同じ。自分の生活に精いっぱいで、煩わしいことや面倒なことに関わりたくないと、しらけてしまっている」と指摘する。
 判決から2カ月後、渋谷さんは地域で家族の交流を支援するNPO法人を設立した。「悩む親や子どもの助けになりたい」との思いに駆られたためだ。
 親子が触れ合う場をつくろうと、街のごみ拾いボランティアや親子キャンプを企画。東日本大震災後は、岩手県内の被災地に生活物資を届ける活動を続けた。
 「裁判員の経験で実感したのは、人と人とが支え合う『面倒』の大切さ。法廷で感じたことを広く伝えたい。裁いて終わりでは、さみしいですよ」


2019年04月23日火曜日


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