スペイン風邪、栗原にも 通大寺の過去帳に猛威の記録

通大寺の過去帳
当時の過去帳を読む諦応さん

 スペイン風邪が世界的に流行しはじめた1918(大正7)年、宮城県栗原市築館の通大寺では檀家(だんか)121人が死亡していた。過去帳に記録が残っていた。新型コロナウイルスの感染は都市部を中心に広がっているが、住職の金田諦応さん(64)はスペイン風邪の記録を「地方で暮らすわれわれへの警鐘と感じる」と受け止める。
 通大寺の檀家は、栗原市築館を中心に一迫川沿いに点在する。当時の記録は、諦応さんの祖父で24代住職の諦正さんが残した。18年の121人は、同じ頃の年間死者数の2倍の多さ。同年の欄に諦正さんは「流行性感冒」と書き留めていた。
 死者の関係をみると、家庭内、近所、一族で立て続けに亡くなった例が目立つという。「わずか1週間で母親と子ども2人が亡くなった家の記録もあった」と諦応さんは説明する。
 18年以外でも、20年に108人、22年に100人が亡くなった。地域での流行が3度あったと考えられるという。
 諦応さんは新型コロナの感染拡大を受け、スペイン風邪が流行した時代を振り返ろうと改めて過去帳を確認したという。通大寺では年間40〜50件の葬儀があるが、18年の死者数はその約3倍に相当する。
 諦応さんは、「多くの方が亡くなった当時、地域社会の負担はかなり大きかったと考えられる。新型コロナも東京など大都市だけの問題ではない、と訴えているように思える」と語る。


2020年09月16日水曜日


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