佐藤清一(さとう・せいいち)―開業医・小説のモデル(色麻町) ―「肝臓先生」尊敬の愛称

花川橋の近くにある伊達神社の神門。佐藤が寄贈した額が掲げられている
佐藤清一
子どもを抱く佐藤(前列右から2人目)。開業した伊東市の天城診療所に両親を呼び寄せたという=1930年ごろ(佐藤邦雄さん提供)

 「これは肝臓が悪いな」
 静岡県伊東市で天城診療所を開いた医師佐藤清一(1896−1991年)は、多くの患者を肝臓病と診断したため「肝臓先生」とやゆされた。当時重視されていなかった流行性肝臓炎の研究治療を続け、患者や伊東を訪れた文化人に愛された。やがて肝臓先生は尊敬を込めた愛称になった。
 佐藤と戦中の疎開で知り合った坂口安吾は、佐藤をモデルにした小説「肝臓先生」を1950年に発表した。患者に寄り添う肝臓先生の名は、全国に知れ渡った。
 今村昌平監督は、安吾の肝臓先生を原作に映画「カンゾー先生」(98年公開)を製作。俳優の柄本明さんが演じる開業医のカンゾー先生が、患者の依頼に応えて町を走り回る佐藤の姿を平成によみがえらせた。
 佐藤は随想集「肝臓先生」で、色麻での少年時代をこう振り返っている。
 「裕福ではなかったので悩んだが、家族が中学進学を許してくれた。当時は汽車もなく、旧制古川中に片道3里半(14キロ)を徒歩で通った。歩きながら勉強したり、日が短い時は途中でちょうちんを借りて夜道を帰ったりした。私の健康は、往復七里の道を歩いた中学時代に作られた」
 卒業後は医師の仕事を知るため、東京の医師宅で働いてから京都の旧制三高に入学。東北大医学部を経て東大の研究室で学んだが、開業医の道を選んだ。
 伊東で診療に尽力する傍ら、故郷を忘れることはなかった。70年、当時の色麻村の名誉村民になった。この時の佐藤の寄付が基になり、村の奨学金制度が始まった。
 佐藤の生家は妹の子孫が引き継いでいる。町教育委員の佐藤邦雄さん(66)は、帰省した大伯父の佐藤が親族を集めて診療し「肝臓が腫れている」と診断したことを覚えている。「信念を貫く人だった。色麻の子どもも、やりたいことを見つけてやり抜いてほしい」と願う。
 邦雄さんの妹の桑添順子さん(65)=七ケ浜町=は40年前、佐藤の病院で2カ月間、療養した。「患者の顔を見ずパソコンだけを見る医者も多い。肝臓先生は患者をよく観察し丁寧に触診して、人の心までもつかむ人だった」と振り返る。
 病院は常に満床で、入院できない患者はホテルに泊まり通院するほどの信頼を集めた。桑添さんは「肝臓先生は『花川の橋から見る船形山が大好きだ』と懐かしんでいた」と思い出を語る。
 伊東で生涯、開業医を続けた佐藤。色麻に業績を伝えるものは少ないが、花川橋の近くの伊達(いだて)神社の神門には、佐藤が寄贈した額が今も掲げられている。船形山と故郷を見守っているようだ。(加美支局・阿部信男)

[メモ]坂口安吾の小説「肝臓先生」は角川文庫に収録。映画「カンゾー先生」は今村昌平監督が小説を軸に、安吾の「堕落論」「行雲流水」を組み合わせて脚本を書いた。小説は静岡県伊東市が舞台だが、映画は岡山県に変更。今村監督が開業医だった父への思いも込めて撮影したという。


2020年07月06日月曜日


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