復興再興

あの日から

復興の歩み

風評の実相(3) 常磐もの まず安定供給

競りには水揚げされたばかりのヒラメなどが並んだ=5日午前8時20分ごろ、福島県相馬市の松川浦漁港

 「常磐もの」で知られる大きなヒラメがずらりと並ぶ。仲買人が次々と落札し、運び出していく。
 「漁業を元の姿に戻したい。9月に始まる底引き網が第一歩だ」
 福島県相馬市の松川浦漁港で8月初旬、相馬双葉漁協の立谷寛治組合長(68)が競りを見詰めながら、思いを口にした。
 東京電力福島第1原発事故から10年目。主力の沖合底引き網漁が2カ月の休漁を経て9月に再開する。「復興計画」の初年度がいよいよ始まる。
 漁協の試験操業は2012年6月から続くが、底引き網漁の水揚げ量は10年の2割にとどまる。計画では5カ年で6割に当たる2888トンまで引き上げる。
 計画は福島県漁連が策定した。県内の試験操業の19年の水揚げ量は3641トン。10年の沿岸漁業2万5914トンの14.1%にすぎない。初の具体的な増産目標を打ち出し、本格操業につなげる。今年2月に全魚種の出荷制限が解除されたことも追い風になった。
 「常磐もの」のブランド力や品質は、福島産への風評被害が残る中でも評価されている。価格は一部魚種が全国平均を上回るなど回復傾向にある。
 課題は流通と水産加工の地盤沈下だ。ともに東日本大震災の津波で大きな被害を受けた。
 流通の起点となる県内の仲買人は、高齢化や取扱量の減少で廃業が相次ぐ。震災前の半分以下の190人に減り、販路も失った。
 水産庁が19年度に水産加工業者に実施したアンケートで「売り上げが震災前の8割以上回復」との回答は28%止まり。「販路の不足・喪失」「風評被害」「原材料不足」が主な要因だ。
 いわき市の小名浜港は震災後、主力のカツオやサンマ漁船の寄港が減り、水揚げ量が激減した。地場の魚も不足する中、相馬双葉漁協の底引き網漁船が昨年12月、原発事故で途絶えていた水揚げを再開した。
 小名浜水産加工業協同組合の小野利仁組合長(63)は「このままでは小名浜から仲買人がいなくなると不安だった」と歓迎する。
 「東京の市場に安定供給することで福島の魚の評価が高まり、値が上がる。流通量も増えるはずだ」。小野組合長は本格操業に期待する。
 一歩ずつ前に進んできた福島の漁業復興に、福島第1原発の処理水問題が水を差す。政府小委員会は放射性物質トリチウムの海か大気への放出を現実的な選択肢と提言した。意見聴取会には県漁連も呼ばれた。
 海洋放出なら風評被害が再燃しかねない。いわき市の漁師新妻竹彦さん(59)は「海に流すのは論外」と一蹴しつつ、議論の在り方に違和感を抱く。
 「そもそも海はみんなのもの。流すか、流さないかの判断を俺たち漁業者に迫り、責任を負わせるような構図はおかしい」
 新妻さんは9月に再開する底引き網漁に備え、震災後初めて網を新調した。思い切り魚が取れる日を諦めてはいない。

 福島県の農林水産物が、東京電力福島第1原発事故後の価格低迷を克服できていない。安全であるにもかかわらず、不安視して買い控える風評被害が底流にあるとされる。東日本大震災から10年目の今年、牛肉やコメの放射性物質検査は縮小され、漁業も全魚種の出荷が可能になった。転機を迎えた生産現場から、長引く問題の実相を追った。


2020年08月13日木曜日


先頭に戻る