<E番ノート・球譜>逆境に挑む名手/藤田、遊撃転向に活路探る

沖縄県金武町キャンプで、遊撃手としてノックを受ける藤田=12日、金武町ベースボールスタジアム

<浅村の二塁確約>
 「プロの厳しさ」「世代交代」と言えばそれまでかもしれないが、野球人生の転機を迎えたベテランがどうしても気になる。2013年に東北楽天の日本一達成を支えた二塁の名手藤田一也が、7月に37歳になる今季は遊撃で活路を探らざるを得ない状況にある。新加入した28歳、浅村栄斗の二塁起用を平石洋介監督が確約しているためだ。
 沖縄県金武町キャンプ。南国の陽光を浴び、藤田は遊撃でノックを受けていた。二塁手以外でのポジション争いに加わるのはプロ入りから12年途中まで在籍した横浜、DeNA時代以来だが、赤黒く日焼けした今の藤田の顔には充実感が漂う。「遊撃は経験があるし、何の不安もない。体だってまだまだ元気」
 逆境も前向きに捉えられる人間性こそが、藤田が周囲に愛される理由であり、選手としての原動力だ。
 「同じ年代なら(ライバルとして浅村加入に)ネガティブな感情も抱いたかもしれないが、さすがに自分も14年間プロで生きてきたしね」。続けて歓迎の構えさえ見せ、「浅村はこれからますます脂が乗ってくるし、チームが日本一になるための最高の助っ人」と言う。
 「自分は肩が弱いし、足が遅いし、体が硬い」。少年時代から身体的不利を自覚してきた。それを努力で乗り越えようとしてきた藤田にも、今回と比べものにならないくらい、夜も寝られず悩んだことがある。
 16年の本拠地の天然芝化で、守備の流儀の変更を迫られた。「人工芝が本拠地のチームに移籍してしまおうか」と迷いもした。抜群の守備範囲の広さは、打球の跳ね方や勢いが想定しやすく、後ずさりして捕球できる人工芝が前提だった。

<「新しい自分を」>
 逆に天然芝では打球が不規則に変化、失速する。ボールを前に出て捕る意識が求められた。「後方視野も含め200度以上あった守備範囲が目の前の160度くらいに狭められた」。それでも天候で状態が変化する天然芝に日々適応し、自身3度目のゴールデングラブ賞を手にした。
 ベテラン名手のコンバート成功例はある。ヤクルトで遊撃の名手だった宮本慎也(ヤクルトヘッドコーチ)は38歳で転向した三塁で09年から4度のゴールデングラブ賞に輝き、43歳までプレーした。藤田も衰えは意識していない。
 昨季38歳で引退した横浜時代の先輩村田修一より長く現役生活を過ごしたい熱意がある。控えだった若手の頃「先発で出て稼げる選手になれ」と激励してくれた村田への恩返しの気持ちでもある。
 「浅村が来てくれて、新しい自分を見つけるための壁ができた。壁を破るのか、乗り越えるのか。その挑戦自体が楽しみ。何もマイナスに感じない」。強い意志で新境地を切り開こうとする今の藤田の目には輝きがある。(金野正之)


2019年02月16日土曜日


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