3階級制覇の八重樫選手引退 「夢実現する姿感動」郷里の岩手からねぎらいの声

八重樫(中央)が3階級制覇後の初防衛に成功し、開かれた祝勝会。所属ジムの大橋秀行会長(後列)、井上尚弥(右)、井上拓真も駆け付けた=2016年6月1日、北上市
世界3階級制覇を達成し、家族と写真に納まる八重樫=2015年12月、有明コロシアム

 ボクシングで世界3階級を制覇した八重樫東(あきら)(37)=大橋、岩手・黒沢尻工高−拓大出=が1日、オンラインで記者会見し、現役引退を表明した。2月に大橋秀行会長から受けた引退勧告に従ったと話し「決して体力の限界を感じたわけではないが、自分一人で現役を続けることはできない。悔いはない」。家族の話になると涙ぐんだ。今後は大橋ジムでトレーナーを務める。
 北上市出身の八重樫は拓大を経て2005年3月にプロデビュー。11年に世界ボクシング協会(WBA)ミニマム級、13年に世界ボクシング評議会(WBC)フライ級、15年に国際ボクシング連盟(IBF)ライトフライ級で王座奪取に成功。日本選手3人目(当時)となる3階級制覇を果たした。
 果敢に打ち合う戦法から「激闘王」と呼ばれ、昨年12月にIBFフライ級王者に敗れたのが最後の試合となった。
 井岡一翔(かずと)=Ambition=とのミニマム級2団体統一戦、一番の思い出に挙げた世界的強豪ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)戦は、ともに敗れながらも名勝負と評され「強い相手に勝ちたいという気持ちが一番大事。負けても立ち上がってこられたことを誇りに思う」と語った。通算成績は35戦28勝(16KO)7敗。

 東日本大震災で苦しむ被災地を勇気づけた「激闘王」の引退表明に、古里の岩手県からねぎらいの声が上がった。
 北上市の実家には関係者から連絡が相次いだ。父昌孝さん(72)は「『9月1日に引退会見をする』と東から8月27日に連絡があった。年も年。けがが付きものなので、ほっとした」と語った。
 中学までバスケットボールに励み、「背が低いから」と黒沢尻工高でボクシングに転向。俊敏性を生かし、インターハイで優勝するなどすぐに頭角を現した。
 恩師の黒沢尻工高ボクシング部の辰柳祐司監督(58)は「入学時は体重40キロもなかったが、実績のある選手に逃げずに向かっていた。スタイルは当時と変わらなかった」と振り返る。
 拓殖大を経てプロ入り。震災が起きた2011年の10月、2度目の挑戦で世界王座を初めて獲得し、被災地の希望となった。
 翌11月に北上市民栄誉賞第1号を贈った高橋敏彦市長は「諦めることなく目標に向かって前進し、次々と夢を実現し続ける姿は、復興を目指す全ての人々に元気と勇気、感動を与えてくれた」とたたえた。
 達増拓也岩手県知事も「『激闘王』と呼ばれ、打たれても果敢に挑み続ける姿は、多くの人たちに岩手県人の底力を示した」とのコメントを出した。
 後援会の城沢謙吉会長(81)は「倒されても起き上がり、最後まで戦う敢闘精神は素晴らしかった。激しい競技で16年もプロ生活を続けた。本当にご苦労さま」とねぎらった。
 リング外でも、岩手県大槌町に漁船を贈る活動に取り組むなど被災地支援を続けた。飾らない人柄は多くの人を引きつけた。
 母淳子さん(67)は「試合のたびに全国のたくさんの人に応援に来てもらった。私たちはどこにも足を向けられず、立って寝るしかない」とファンに感謝。トレーナーになる息子に「お世話になった方に恩返しできるよう頑張って」とエールを送った。


2020年09月02日水曜日


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