宮城のニュース

<脱埋没への模索 どうする登米・栗原>第2部 市民生活(1)産科医療(上)/常勤医確保に高い壁

登米市民病院(左)と栗原中央病院(上)、医学部誘致を訴えるのぼり(右)のコラージュ

 宮城県北部に隣接して位置する登米・栗原両市はいずれも広大な市域に集落が点在する過疎地で、都市機能の集積が乏しく市民生活は利便性に欠ける。産科を中心に医療体制は脆弱(ぜいじゃく)だ。手薄な公共交通機関は市民ニーズを満たせず、通院や買い物にはマイカーが欠かせない。第2部では産科医療と市民バスの現状を取材した。(登米支局・本多秀行、若柳支局・横山寛、栗原支局・土屋聡史)

 昨年4月に登米、栗原両市であった市長選。後に選挙戦を制する現登米市長の熊谷盛広氏と現栗原市長の千葉健司氏が、同じ内容の主張に声をからしていた。
 「産科医を連れてくる」「本来の産科医療をこの地域に取り戻す」
 両氏は産科の再生を公約に掲げ、市民の注目を集めた。
 「産科医招請に引かれて熊谷さんに入れた」と話すのは、4人の子を大崎市と石巻市で出産した登米市のパート女性(37)。一関市で3人を出産した栗原市の女性会社員(31)も「多くの女性が苦労している。産科復活は大歓迎」と言う。
 登米、栗原両市は長らく「産科過疎地」と呼ばれ続けてきた。1990年代半ばには分娩(ぶんべん)施設が登米市に5カ所、栗原市に4カ所あったが、現在は両市とも民間の産科診療所が1軒残るだけだ。

<解消策は夢に>
 登米市では2007年8月、市佐沼病院(現登米市民病院)が分娩を休止。隣接する石巻市などの拠点病院に不足する医師を集め、お産の環境を手厚くする施策転換だった。月50件前後の出産を担った環境が地域から消えた。
 栗原市は04年7月、市栗原中央病院で産科の常勤医が空席となった。以後、同病院は分娩を休止。大崎など他市の拠点病院での分娩を勧める状況が続く。
 東北への大学医学部新設構想に伴い浮上した栗原市へのキャンパス設置案も、結果は選外。県北の医療過疎を一気に解消できる起死回生策は夢と消えた。

<見えぬ処方箋>
 「安心して里帰り出産もできないなんて」「何とか環境整備を」−。両市長が掲げた産科再生は市民の悲願でもあった。だが関係者の間では、実現へのハードルの高さを指摘する声が多い。
 県医療政策課などによると、24時間態勢の産科を稼働させる場合、最低でも3交代勤務を成り立たせる常勤医3人が要る。1人を確保するのも難しい状況にあって、複数人を集めるのは容易でない。
 さらに新生児の緊急事態に対応する小児科医や麻酔科医、助産師10〜20人が必要だ。県北の医療関係者は「奇跡的にチームを組めたとして、必要経費は年間5億円規模。現実的でない」と言い切る。
 熊谷氏は「(公立病院の産科復活にこだわらず)開業医も含め招請に力を注ぐ」と強調するが、一般的に開業医は安定経営が見込める都市部に集中する。多くの母親らの期待に応えられるだけの医師を地方に集められるかは、未知数だ。
 処方箋が見えない中、輝きを放つ金看板。ある栗原市の関係者は言う。「首長の思いは分かるが、医師の絶対数が足りないという大前提が変わらない限り、実現は困難。理想と現実は相当乖離(かいり)している」


関連ページ: 宮城 社会

2018年01月18日木曜日


先頭に戻る