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<平昌五輪>スピードスケート500m加藤6位、一時代に幕、メダルの期待背負い続けた33歳

スピードスケート男子500メートルのゴール後、スタンドの声援に手を上げて応える加藤選手=江陵(写真部・川村公俊撮影)

 日本スピードスケートの一時代が幕を閉じた。19日の男子500メートルで、4大会連続出場の加藤条治選手(33)=博慈会、山形中央高出=が6位に終わった。金メダルの期待を背負い続けてきたエースが、ようやく肩の荷を下ろす。
 1998年長野大会金メダルの清水宏保さんが2009年に引退してから、スピード界の主役を担ってきた。今でこそ小平奈緒選手(相沢病院)ら女子が注目を集めるが、1984年サラエボ大会銀メダルの北沢欣浩さんに始まり、次々とメダルを手にしてきた男子500メートルは、日本のお家芸と言える種目。その系譜を受け継いだ。
 2005年に世界記録を出し、バンクーバー大会は銅メダル。ソチ大会の後は両膝のけがに苦しんだ。今回もメダルに届かず、速さ、注目度ともに全盛期が過ぎたことを物語っていた。
 独自のスケート人生を貫いた。名門の日本電産サンキョー入社後も「他の人とレベルが違い、力を出し切れない」と、1人でトレーニングすることが多かった。監督を兼務して将来を約束されていたが、平昌大会を前に「退路を断つ」と退社。自分のスタイルで戦ってきた。
 自信満々の発言はビッグマウスと受け取られることもあった。「強がっていたり、結構むちゃなことを言っている」という自覚はあったが、「言ったことに追い付かないといけない」。あえて自分を追い込んでいた。
 年を重ねて競技への向き合い方は変わった。世界記録が一番と言う時期もあったが、今は「評価は五輪が全て。栄光のためだけでなく、支えてくれた人に恩返しするには五輪のメダルしかない」と思う。
 大人になった。覚悟を持って大会に臨み、持てる力は出した。
 1月に長野市であった記録会。「(長谷川)翼にはたくさん教えた。加藤条治を超えるのは翼だと思っていた」。日本電産サンキョー時代の後輩を横にして笑った。昨年12月の代表選考会で、しのぎを削ってきた長島圭一郎選手(リカバリー)の現役引退を聞いた。時の移ろいを察していたようだった。
 試合後、現役続行に含みを持たせたが、4年後は37歳になる。この日が一つの区切りになることは間違いない。(平昌=佐藤夏樹)


2018年02月20日火曜日


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