宮城のニュース

<東北を熱くする 追悼星野仙一さん>(1)監督就任 よっしゃ引き受けよう

東北楽天の監督に就任し、笑顔で記者会見する星野さん=2010年10月27日、仙台市のホテル
プロ野球と地域の関わりについて対談する星野さん(右)と一力社長=2017年8月24日、仙台市青葉区のホテルメトロポリタン仙台

 プロ野球東北楽天の副会長で、監督として2013年にチームを初の日本一に導いた星野仙一さんが1月4日、70歳で死去した。
 星野さんは昨年8月、河北新報創刊120周年を記念した特別対談「東北を熱くする!」で、河北新報社の一力雅彦社長と語り合った。監督就任1年目に起きた東日本大震災、初のリーグ優勝と日本一、師と仰ぐ元巨人監督川上哲治さんからの教え、そして地域密着の大切さと多岐に及んだ。
 東日本大震災から間もなく丸7年となる。30日には星野さんが愛したプロ野球が開幕する。一般のファンの前に姿を見せた対談としては最後の場となった昨夏の特別対談から、哀悼の意を込めて東北への熱いメッセージを振り返る。
(10回続き)

 ◇ ◇ ◇

 <星野仙一さんは2010年10月27日、東北楽天の監督に就任した。仙台市での記者会見で「東北を熱くする」と語った>

◎選手誰も知らず

 あれは考えていた言葉じゃないんです。皆さんとその雰囲気の中でおしゃべりするのがいいだろう、と。
 でも、仙台に来るなんて全く頭になかった。三木谷浩史オーナーとは球団誕生前から時々食事をしていました。球界再編問題のときも食事をしながら「球団を持てよ、孫(正義)さんだって持ってるし」と言ったんです。「じゃあ挑戦します。もし持ったときは、いろいろ教えてください」「いいよ、野球のことなら何でも教えてあげるよ」と。
 初めにどこを本拠地にしようかと、長野の球場を上空から見るなどしたそうなんですよ。仙台は球場はぼろかったが、街からすぐで交通アクセスもいい。じゃあ、この球場を手入れして、と決まったんです。

 <02年から阪神の指揮を執った星野さんはリーグ優勝した03年に監督を退任。東北楽天が最下位に沈んだ10年、三木谷氏から監督就任を要請される>
 監督は阪神で終わりと思っていた。年齢も年齢だから。その後、甲子園に野球を見に行きました。ここはピッチャー交代だろう、ここは送れ、ここは思い切って走らせろと、気持ちの中で監督をやっているんですね。そのとき、まだ若かったし、野球やりてえなと思った時期に、知人から連絡があって「三木谷が会いたいって」と。東京・元麻布の料亭で会いました。
 ちょっと待ってよ、そんな急に言われて「はい、やります」というわけにいかん。誰も知らないんですよ、東北楽天の選手。僕はセ・リーグ育ちですから。嶋(基宏)と田中(将大)と山崎武司ぐらいしか。「待ってください」と言うと、「だってあのとき約束したじゃないですか、なんかあったら助けてくださいよと。『ああ、任せておけ』と言ったじゃないですか」と。
 「ああ確かに言ったな」と。俺のところへ来るということはよほど困っているんだなと。「よっしゃ引き受けよう」となりました。

 <東北楽天の監督に就いた星野さんは、本拠地のファンの反応に違和感を抱いたこともあった>

◎ファンが育てる

 仙台のファンはね、KOされた投手がベンチに戻るときに拍手して「お疲れさーん」って言ってるんですよ。名古屋だったら「辞めてしまえ」、甲子園なら「あほんだら」とかになるわけですよ。ところが仙台は「お疲れさーん」。
 頭に来たね。プロ野球ですよ。スタンドに怒鳴りましたよ。ファンが選手を厳しい言葉で育てるということもある。


2018年03月01日木曜日


先頭に戻る