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<あなたと共に>「よそ者」が見た復興(5)埼玉県皆野町→宮城県山元町 住民癒やす 笑顔の一杯

バーの客と語らう向井さん(左)。飲食店がほとんどなくなった地域で安らぎの場を提供している=宮城県山元町

◎「バーCozy」マスター 向井康治さん(59)

 週末の夜、宮城県山元町花釜地区にある一軒家。「母親だってたまには飲みたいよね」。リビングで開く「バーCozy(コージー)」から笑い声が漏れる。子育ての愚痴、仮設住宅の苦労話。時に涙も。「今まで誰にも言わなかったけど」。被災後のつらかった道のりをぽつりぽつりと語り始める男性もいる。
 13席の小スペースでカクテルを提供する。マスターの造園家向井康治さん(59)は聞き役だ。

<カクテル200種類>
 花釜は東日本大震災の津波でほぼ全域が浸水した。JR山下駅が内陸に移設されたこともあり、飲食店のほとんどが復活していない。「ここに来る人の話を聞くと、まだ終わっていないことがたくさんあると感じる」
 月4、5日の開店日とは別にイベントでノンアルコールの出張バーを開く。カクテルは200種類。「何にする?」。さりげなく会話が始まる。
 仮設住宅の入居者に花を贈るプロジェクトで、造園家仲間と山元を訪れたのは震災の年の9月。ボランティアは住民の力を借りずに自己完結−。そう力んでいたが、実際は違った。
 600鉢の寄せ植え作りに住民が一緒に汗を流してくれた。仮設住宅での活動許可を得る際は役場職員が親身に手伝った。「ボランティアという意識は最初だけ。すぐに山元の仲間の笑顔を見たいという思いに変わった」
 埼玉県皆野町から通い、贈った草花の世話をしながらボランティアに携わった。被災田んぼの生き物調査、太陽光パネルの手作りワークショップ…。12年夏のイベントでバーの出前を始め、16年には花釜の今とは別の一軒家でもうけなしのCozyを始めた。
 20代のころに暮らした神戸でバーテンダーをかじった。当時の本業は造園会社社員。30代半ばで仕事に区切りを付け、実家がある埼玉に移ることにした。

<中古住宅を活用>
 新居の仮契約の日、阪神大震災が起きた。会社に引き留められ半年間、不休で取引先の復旧に当たった。だが、埼玉に残した妻が体調を崩し、神戸を後にした。「ぼろぼろの神戸を見捨てるんやなあ」。知人の冗談交じりの一言が今の活動の原点なのかもしれない。
 Cozyが今の住宅に移ったのは今年1月。元の一軒家は復興工事で立ち退きになった。所有者である仲間がバー存続を願って新たに中古の家を買った。購入資金の足しにと、移住者らのシェアハウスにも活用する。管理人を任された。
 「喜んでもらえることをしようと思っているうちに、いろんなことをやっていた」。7年で得たつながりに導かれ、これからも山元に通い続ける。(亘理支局・安達孝太郎)


2018年03月05日月曜日


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