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<内陸被害は今>(3)仙台・松森陣ヶ原 他地区と一体で移転

防災集団移転が完了し、整地された宅地跡=2018年2月、仙台市泉区松森陣ケ原
地盤が崩れた陣ケ原地区。家屋や電柱が傾き、地割れも広がった=2011年6月4日

 東日本大震災による被害は、津波が襲った岩手、宮城、福島をはじめとする沿岸部だけではない。内陸部も地震で大きな打撃を受け、今なお、その爪痕や影響が残る。3県の内陸被災地を歩き、発生から7年に及ぶ日々を振り返る。

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 東日本大震災で仙台市丘陵部の住宅地は局所的に地盤が崩壊した。「山津波」と形容されるほどの甚大な被害だった。泉区松森陣ケ原は太白区緑ケ丘と合わせて、内陸被災地で唯一の防災集団移転が行われた。
 7年前の3月11日、緑と池に囲まれた小さな住宅地は一瞬で様相を変えた。地面が崩れ、一戸建て住宅やアパートが傾いた。無職石川常夫さん(73)は住み慣れた自宅を失った。
 陣ケ原は市中心部から北東に約5キロ。国道4号仙台バイパスと泉区南光台東の間にある。斜面を埋めた造成地は表層部が滑り、液状化も発生した。

<「再建は困難」>
 石川さんは直後、同様の被害があった緑ケ丘や青葉区折立を訪ね歩いた。「陣ケ原と比べ規模は大きいが、被害状況は変わらない」。現地再建を諦め、宅地の買い取りを市に要請した。
 市は陣ケ原の地質調査や測量を実施。「(地下水の)水圧が上昇して盛り土が滑り崩壊。地盤が不安定な領域で、現地再建は困難」と結論付けた。石川さん宅を含む宅地0.29ヘクタールを災害危険区域に指定した。
 異例だったのは防災集団移転の形態だ。対象は6戸。10戸以上という適用条件を満たさず、市丘陵地の宅地被害として約8キロ離れた緑ケ丘と一体で事業が進められた。
 石川さんは「陣ケ原のような小さな住宅地を対象にしてもらい感謝している」と振り返る。防災集団移転では個別の単独移転もできるため、数カ月後に南光台南に建売住宅を購入。旧宅地の固定資産税評価額の相当額を市から受け取った。
 陣ケ原には丘陵側の2戸が残った。住民の無職女性(78)は「地盤が弱くなっているのか、地震が来るとひどく揺れる。生きているうちに大地震が来ないよう祈るだけ」と不安がる。

<分譲時の姿に>
 陣ケ原を含む泉東町内会の集会所も全壊した。今野勇会長(70)は「町内会運営に不便で建て直すべきだが、市の補助金だけでは資金が足りない。再建は難しい」と悩む。
 被災家屋は解体されて更地になり、三十数年前の分譲当時の姿に戻った。市は移転跡地を緑地にする方針だが「優先度は低い」(泉区公園課)といい、整備の見通しは立っていない。(報道部・野内貴史)

<被害概要>
 仙台市の内陸部は5728の宅地が危険、要注意の判定を受けた。避難勧告は最大215世帯。太白区緑ケ丘4丁目と泉区松森陣ケ原が一体となった防災集団移転の内訳は、緑ケ丘4丁目から太白区土手内、鹿野の両災害公営住宅への集団移転が24戸、単独移転が51戸。陣ケ原は対象の6戸が全て単独移転した。被災規模が大きかった青葉区折立5丁目は現地復旧した。


2018年03月08日木曜日


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