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<回顧3.11焦点>七北田川 震災の影響で閉塞 その後の大雨で新たな河口

七北田川から直角に曲がり、蒲生干潟を貫通する形でできた新たな河口部=2011年9月22日午後3時半ごろ

 東日本大震災の影響で仙台市宮城野区の河口部に砂が堆積して「閉塞(へいそく)」状態になっていた七北田川で、北側に新たな河口ができた。大雨をもたらした台風15号が原因とみられ、蒲生干潟が川の一部になっている。大雨時に従来より水位上昇しやすい箇所が生じる恐れがあるなど七北田川の治水面や、蒲生干潟の生態系に及ぼす影響も心配されている。(亀山貴裕)

 河口は、従来より約500メートル北側の砂浜にできた。潮の干満で差があるものの幅は約40メートル。閉塞した従来の河口の手前で直角に曲がり、蒲生干潟の潟湖を経て海につながっている。
 新しい河口ができたのは、台風15号の接近に伴い、七北田川の下流域で仮堤防の決壊や冠水被害が出た9月21日とみられる。管轄する宮城県仙台土木事務所は「台風に伴う豪雨で急激に河川が増水し、以前から川の水の一部が流入していた干潟に、大量の水が流れ込んだ」と説明する。
 東北大大学院工学研究科の田中仁教授(環境水理学)は河口の閉塞について、貞山堀との境にある水門(南閘門=こうもん)が津波で流失、貞山堀に河川水が多く流れ込み、河口部の流れが弱くなったのが主因とみる。
 今回、河口が別に開いたことについては「水は海に流れているが、川が蛇行することで大雨などの際は水位が高くなりやすい状態だ」と治水上の問題を指摘。「蒲生干潟も河口の一部となったことで、環境が崩れている」と懸念する。
 七北田川の河口はかつて、2キロほど北に位置する仙台塩釜港の高砂埠頭(ふとう)周辺にあり、蒲生干潟を通って海に注いでいたが、同港築港のために移された。田中教授は「メカニズムは全くの別物だが、今回の災害で外観的には以前に似た姿になった」と話す。
 宮城県は「相対的に緊急性は低い」として整備に慎重だったが、台風15号の大雨で仮堤防の決壊や冠水被害が出たため対策に乗り出した。9月末には従来の河口に堆積した砂に、重機で水の通り道を掘削。しかし、すぐに砂で埋まってしまったため、南閘門を閉鎖する応急工事に着手した。
 県河川課の後藤隆一課長は「元の河口の復元が基本方針。地盤沈下などの影響も踏まえて、治水上の対策と干潟の復旧を急ぎたい」としている。

◎蒲生干潟、生態系が激変/貝類は死骸ばかり/海浜植物群落消滅

 蒲生干潟が七北田川の流域の一部になったことで、干潟消滅の危機にさらされている。震災の津波被害から回復途上だったが、台風被害でかつての干潟の機能は失われ、多様な動植物が生息していた生態系は激変している。
 「貝類は死骸ばかり。動植物の数は前回調査した8月初頭と比べ、10分の1程度に減っている」
 9月下旬、調査に入った国立環境研究所(茨城県つくば市)の金谷弦特任研究員(動物生態学)は、その変化に驚いた。
 金谷研究員は9月27、28の両日、潟湖内の12地点を選んで、生息する生物の数や塩分濃度を調べた。
 潟湖は本来、海水と淡水が混じり合った汽水域環境を維持することで、多様な水生生物のすみかとなる。今回の調査によると、干潮時では淡水に近く、満潮に近づけば海水の割合が増えて塩分濃度が上がり、安定した汽水環境が保てていないことが分かった。
 干潟に残っていた3カ所の海浜植物群落は、台風15号による増水で消滅。ハマナスや、宮城県レッドデータブックで準絶滅危惧種に指定されているハママツナも干潟から姿を消したとみられる。
 環境省のレッドリストで準絶滅危惧種に指定されている巻き貝「フトヘナタリ」は、前回調査で20個体が確認されたが、今回は見つからなかった。
 金谷研究員は「河口閉塞(へいそく)の影響で潟湖に海水が入らなくなり、8月中旬には汽水環境が崩れていた」と説明。「汽水環境が維持され、ゴカイ類が生息する地点も一部あるが、早急に河口の位置を元に戻さないと、干潟から多くの生物が消えるだろう」と指摘している。

[震災後の蒲生干潟]東日本大震災の津波で干潟は砂で埋まり、干潟と海の間にあった砂浜が分断された。海水が常に流入する状態になり、汽水環境が維持されていた従来の干潟の回復は困難と見られていた。その後、分断された砂浜がつながり、一部ゴカイ類が確認されるなど回復の兆しもあったが、7〜8月にかけて七北田川河口部が砂の堆積による閉塞(へいそく)に陥った。閉塞の影響で干潟の淡水化が進んでいた中、9月21日に最接近した台風15号による大雨で干潟が七北田川の河口となり、海と直結する状態になった。=2011年10月6日河北新報
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 東日本大震災の直後から、被災地で暮らす市民の課題を取り上げた河北新報連載「焦点」。震災7年の節目に、発生翌年までの主な記事をまとめました。
=肩書や年齢は掲載当時のものです。=


2018年03月08日木曜日


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