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<内陸被害は今>(4)宮城県村田町 蔵の町並み 修復半ば

修復された現在の店蔵を見上げる吉田さん=2月20日、宮城県村田町
震災で被害を受けた吉田さんが管理する店蔵=2014年8月

 東日本大震災による被害は、津波が襲った岩手、宮城、福島をはじめとする沿岸部だけではない。内陸部も地震で大きな打撃を受け、今なお、その爪痕や影響が残る。3県の内陸被災地を歩き、発生から7年に及ぶ日々を振り返る。

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 江戸時代に紅花の取引で栄えた宮城県村田町は、その歴史を今に伝える蔵の町並みが趣深く連なる。土蔵は東日本大震災の地震で大きな被害を受けた。間もなく丸7年。爪痕は少しずつ回復するものもあれば、解体されたり、いまだ手付かずのままだったりして痛々しい光景が混在する。
 「先祖から受け継いだ蔵を直すことができて良かった」。地元の吉田征郎(ゆきお)さん(75)が胸をなで下ろす。
 吉田さんが管理する店蔵(たなぐら)は江戸末期に建てられ、明治期まで雑貨店として活用された。土蔵は耐火性に優れるが、地震の揺れには弱い。震災では壁が剥がれたり、屋根瓦が落ちたりする被害に遭った。

<重伝建に選定>
 吉田さんはしばらく蔵を修復できずにいた。当時は活用していなかった上、多額の修復費が必要だったからだ。
 救いが訪れたのは2014年9月。蔵の町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に県内で初めて選ばれた。地区内の特定の古い建物の修復に、国と県、町が計1200万円を上限に修理費の最大8割を補助する制度ができた。
 補助制度を使い、吉田さんは蔵の修復作業を15年10月に始め、16年3月に終えた。費用は1100万円超。自己負担の約300万円の大半は横浜市に住む兄が用立てた。
 吉田さんは「補助がなければ蔵は守れなかった」と、重伝建への選定に尽力した町関係者らに感謝する。

<40棟手つかず>
 町教委によると、蔵の町並みには被災した土蔵が100棟近くあり、このうち約30棟は修復された。傷みの激しい30棟程度は既に解体されている。吉田さんも店蔵は修繕したが、かつて生活に使った内蔵(うちぐら)は取り壊した。
 残りの40棟近くは今も傷ついたままだ。雑貨店を営む大沼悦子さん(79)の内蔵もその一つ。剥がれ落ちた壁の上にシートを掛け、風雨を防いでいる。
 「補助があるとはいえ、蔵の修理費は多額。所有者の持ち出しも大きい」と大沼さん。娘2人と孫1人がいるが「直しても継ぐかどうか分からないし…」と悩ましげに語る。
 地域全体の財産とも言える蔵の修復をどう前に進めるか。町には今なお、大きな宿題が残っている。(大河原支局・柏葉竜)

<被害概要>
 宮城県村田町内は東日本大震災で震度5強の揺れを記録。蔵の町並みを代表する旧商家「村田商人やましょう記念館」も被害が大きく、一般公開の全面再開は14年11月だった。11年7月〜12年2月、文化庁が派遣する「文化財ドクター」が蔵などの被害状況を調査した。重要伝統的建造物群保存地区対象の補助制度による修理は15年度7棟、16年度3棟、17年度2棟の計12棟。


2018年03月09日金曜日


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