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<震災7年 仮設入居者のいま>複雑な思い 2人の孫にとっては仮設が「わが家」

仮設住宅で無邪気に遊ぶ孫の面倒をみる生出さん(右)=宮城県石巻市

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で住み慣れた古里を失い、今なお仮住まいが続く人々がいる。自立への不安、励まし合った日々、つらさに耐え、抱き続ける帰還の願い−。仮設住宅で7年を迎える、それぞれの思いとは。

◎石巻 生出信明さん(62)

 住宅団地の造成が難航し、東日本大震災から7年となる11日も、仮設住宅で迎えることになった。
 宮城県石巻市の仮設住宅「大森第4団地」で自治会長を務める茶葉販売業生出信明さん(62)。同市雄勝町の自宅兼店舗が流失し、2011年末ごろ、妻と当時高校生だった長女と移り住んだ。長女は独立し、現在は夫婦2人で暮らす。
 隣の住戸には次男家族が住み、震災後に生まれた孫の拡夢(ひろむ)君(6)と渉睦(あゆむ)ちゃん(3)は元気いっぱい。ボランティアのお兄さんやお姉さんが来ると無邪気に遊び、帰り際に「また来てね」と甘える。
 2人にとって、ここは仮住まいではなく、慣れ親しんだ「わが家」のような場所だ。6月末に2世帯で暮らす新居が完成するが、拡夢君は「うれしいけれど、ちょっと行きたくない」と複雑な心境を話す。
 生出さんは15年4月から自治会長を務める。雄勝や北上、桃生など市内各地から被災者が集まった150戸の団地。「みんなが安心して暮らせるように」と一人一人の生活に気を配り、頻繁に声を掛け合った。
 家でじっとしていると気持ちが沈みがちな仮設住宅の暮らし。ボランティアの炊き出しやコンサート、お茶会などが励みになった。
 そんな生活も間もなく終わる。仮設住宅の集約に伴う大森第4団地の退去期限は8月で、自治会も3月末で解散する。
 多忙な自治会業務に「自分の限界を超えた」と生出さん。落ち着いてゆっくり暮らす日々を待ち望む。(石巻総局・鈴木拓也)


2018年03月09日金曜日


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