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<震災7年>なぜ速やかに避難できなかったのか、今でも涙が 亘理

菊を献花し、犠牲者を追悼する参列者=11日午後3時40分ごろ、宮城県亘理町中央公民館

 306人が犠牲になった宮城県亘理町の追悼式は町中央公民館であった。約300人が参列し、町内産の菊を献花して冥福を祈った。
 二男と孫をはじめ親族で5人が亡くなった無職小野時郭(ときひろ)さん(71)は、生き残った孫の亘理小2年寧々さん(8)を連れて親族6人で参列した。
 小野さんは「なぜ速やかに避難できなかったのか。息子の遺体は頭と足しか見つかっておらず、7年たっても信じられない思いだ。今もテレビで津波の映像を見ると、涙が出てくる」と語った。
 斎藤貞町長は「震災の経験と教訓を胸に刻むことが未来への備えになる。心を一つに力を合わせ、夢と希望の持てる亘理町を復興させる」と述べた。


2018年03月12日月曜日


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