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<震災7年>「家庭をつくってくれてありがとう」父親しのぶ 塩釜

追悼式に先立ち、「復興の鐘」を母親と一緒に鳴らす三浦さん(右)=11日午後1時30分、宮城県塩釜市海岸通

 宮城県塩釜市の追悼式は市体育館であり、約700人が参列した。犠牲になった市民65人を代表し、塩釜市港町2丁目の大工三浦勉さん(44)が追悼の言葉を述べた。父親の洋さん=当時(70)=を津波で失った。「津波は必ず起きる。その時、私たちと同じ涙を流さないように切に願います」と言葉に力を込めた。
 洋さんは震災発生の10日ほど後、自宅倉庫の中で遺体で発見された。
 見つけたのは三浦さんだった。壊れたシャッターをくぐって倉庫に入ると人が倒れていた。泥に覆われていたが、背格好で父親と分かった。近くを走っていた市の車を呼び止め「おやじが見つかった」と叫んだ。
 洋さんは仕事熱心で晩酌が好きだった。「家庭をつくってくれてありがとう」と、三浦さんは優しかった父をしのぶ。
 墓石に「絆」と刻んだ。避難所の人たちや仕事関係者が、父を失った自分を立ち直らせてくれた。その思いを込めた。
 追悼式で三浦さんは「津波てんでんこ」を引用し、「私たち遺族の感じた悲しさ、寂しさ、悔しさを繰り返さないために自分の命を守ってください」と避難の大切さを訴えた。


2018年03月12日月曜日


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