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<脱埋没への模索 どうする登米・栗原>第3部 まちづくり(5)都会から通う形促そう

佐藤裕美(さとう・ひろみ)82年、秋田市生まれ。小学1年から宮城大卒業まで仙台市青葉区で生活。東京の広告代理店に就職。伊豆沼農産で通販事業や広報、イベント企画などの業務に当たる。

 伊豆沼農産(登米市)取締役企画室長の佐藤裕美さん(35)は、東日本大震災の翌2012年に登米市に移住した。「よそ者」が考える登米の特長の生かし方や活性化策などを聞いた。

◎伊豆沼農産取締役企画室長 佐藤裕美さんに聞く

 −東京での会社員生活を経て移住したきっかけは?

<移住は難しい>
 東京で震災に遭った。スーパーやコンビニエンスストアに食べ物がなくなり、金があっても食べられない現実を目の当たりにして農業に関心を持った。農業経験はないが営業はできる。東北で6次産業を行う農業法人を探し、伊豆沼農産に採用された。それまで登米を訪れたことはなかった。
 都会暮らしで感じた漠然とした先行きへの不安は、たとえ金がなくても食べ物は常にある環境に身を置いた今はない。

 −地方の衰退抑制の方策は?
 農村に人がいなくなる影響は大きい。国土や環境を守る人がいなくなるし、食べ物の供給者も減る。食料自給率の低さが問題になるが、私は「食料自給力」の低下を心配している。食べ物を作るすべを多くの人が身に付ける必要がある。
 そこで、都会から定期的に農村に通う仕組みの構築を提案したい。都会で主に働き、休みに農村に来て農産物を作る人を増やす。完全に移住する人を数多く求めるのはなかなか難しい。
 田舎での滞在に価値を見いだした人が都会で稼いだお金を地方に回してくれれば、地方都市は消滅せずに維持できると思う。都会から来る人を増やすには、都市と田舎をつなぐ「結び手」を都会に置くことが必要。これは登米市と栗原市が一緒に取り組んでもいい。

 −登米市に住んで6年。何か感じたことはあるか?

<農村産業に力>
 登米で、外に「持ち出せないもの」の存在と価値に気付いた。おばあちゃんが作る漬物、出来たての「はっと」、つきたての餅、家の古い蔵の臭い…。ここに来ないと味わえないものがある。その場にあるからこそ価値がある。
 農産物加工商品の開発などが各地で盛んだが、「持ち出せない」資源に着目したい。農泊(農山漁村滞在型旅行)や訪日外国人旅行者(インバウンド)誘致につなげ、この地域に合う「農村産業」を進めたい。

 −高齢化が進む地方都市で若い世代を増やす方策はあるか?
 「夢」や「かっこよさ」がキーワードになる。海辺のまちが「イケメン漁師」で若い漁業者にクローズアップして売り出すように、若い農家に焦点を当てて市外に魅力を発信するのもいい。観光資源や物ではなく、人を中心にプロモーションを仕掛けるといい。
 登米は広くていろいろな人がいる。活性化しようとそれぞれ頑張っているが、意外につながっていないのでは。私のような「変わり者」が集まる横の連携があると面白い。よそ者も住民も交じって意見交換し、元気になっていけばいい。


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2018年03月18日日曜日


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