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<まちかどエッセー・鈴木英子>外国語としての日本語

 私たちは日本語を母語として自然に身に付けてきたため、言語としてどのような特徴を持っているのかあまり考えることがありません。
 1万円札の人物、福沢諭吉氏の顔のほくろの数や位置について尋ねられても、正確に答えられる人は多くないと思います。お金としては日々使っているはずなのに、そこに印刷されているものをじっくり眺めるということは、意外と少ないのではないでしょうか。
 日本語も同様で、話す手段としては毎日用いているものの、母語話者であるがゆえに、意識の網の目に掛からないものが多くあるようです。それに気付かせてくれるのが、日本語学習者です。
 「私は鈴木です」と「私が鈴木です」は、どう違いますか?とか、「松島に行きます」と「松島へ行きます」はどちらを使う方がいいですか?とか、「雨が降ったら運動会は中止です」「雨が降れば〜」「雨が降ると〜」は、それぞれどう違いますか?などと聞かれても、なかなか即答できず、そこで立ち止まって考えることとなります。
 文法だけでなく発音や語彙(ごい)や表現など、日本語のあらゆるものについて外国人の視点から質問されて、初めて日本語の特徴や面白さ、奥深さについて気付かせてもらえるのです。「おはようございますは、丁寧な表現ですが、こんにちはございます、の言い方はどうしてしないのですか?」という想定外の質問もありました。
 調べてみると「こんにちは」の場合、その後に続く「ご機嫌いかがですか」などの文言が省略されて、独立した挨拶言葉になっていることが分かりました。最近は「こんにちわ」という表記も目にしますが、ここからどちらが正しいかが見えてきますね。
 人は何歳になっても、学ぶことの喜びがありますが、学習者との出会いのおかげで、昨日の自分より今日の自分の方が成長できていると思えることに幸せを感じている日々です。(公益財団法人宮城県国際化協会日本語講座スーパーバイザー)


2018年03月26日月曜日


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