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<裁かれる闇 旧優生保護法国賠訴訟>(上)差別の連環 強制手術増加迫る

旧厚生省が各都道府県に宛てた文書。都道府県別の手術件数一覧表も添付し「成績」を上げるようあおった

◎国の号令 自治体競う

 「優生手術の実施件数は予算上の件数を下回っている」
 旧厚生省公衆衛生局が1957年4月27日付で通知した各都道府県宛ての文書が、京都府立京都学・歴彩館(京都市)に残る。旧優生保護法に基づく強制手術の現状に言及していた。

<宮城 全国2番目>
 「各府県別に実施件数を比較すると極めて不均衡」「貴殿の努力で相当成績を向上せしめ得られる」。文書は随所に不満をちりばめながら「手術に特段の配慮を賜り、実をあげられるようお願いする」と結ぶ。
 国の号令下、自治体は競い合うように優生手術を推し進めた。
 北海道に次いで全国2番目に件数の多い宮城県では、同法施行翌年の49年に手術が始まったとされる。各地で講演会など集団指導が進められ、県は71年に発行した家庭向け啓発冊子に「年々多数の不幸な子どもが生まれている」「医学の知識を行政面に取り入れ、施策を推進する」と記した。
 「(病院への)指導方法に(問題が)あるのではないか。東北では申請が多く出る」。77年6月の三重県優生保護審査会議事録。75、76年度に手術が無かったことを、東北の状況を引き合いに批判する委員の意見がある。
 旧優生保護法はナチス・ドイツの優生政策を参考に制定された国民優生法(40〜48年)を引き継ぎ、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止」と明記。精神疾患や遺伝性疾患などが理由の強制不妊・避妊手術を認めた。政府提出の国民優生法と異なり、超党派の議員立法で制定された。

<劣等遺伝の偏見>
 戦後の貧困が背景の人口抑制政策や、闇堕胎手術対策といった課題が優生思想と相まり、49年と52年の改正を経て定着した。戦前から続く、法律による「劣等な人間」の規定だった。
 母体保護法に改定される96年までに全国で約1万6500人に手術が強制されたとされる。最年少は宮城の9歳の少女だ。
 43年に治療薬が開発されたハンセン病の患者も手術の対象になった。医学的根拠もなく同病にかかりやすい体質は遺伝するとされたためだ。同病患者への手術は1551件に上り、95年まで続いた。隔離政策にも利用された。
 原則的に遺伝性疾患に対象を絞ったはずの優生手術は、偏見や差別によって拡大解釈されてきた。
 福島県では遅くとも70年度以降、手術審査時の遺伝関係調査書の項目に「薬物・アルコール・麻薬中毒」と並び「放射線障害」が盛り込まれた。当時、大熊町で東京電力福島第1原発の建設が進んでいた。2011年の同原発事故後、福島県はいわれなき放射線への偏見に苦しむ。

 旧優生保護法による強制不妊手術を巡る全国初の国家賠償訴訟が28日、仙台地裁で始まる。理不尽な優劣で未来を奪った過ちは忘却の闇の中に放置され、優生思想は今も社会に根深く残る。第1回口頭弁論を前に、現在に連なる差別の実相と償いの道を問う。(報道部・横山勲)


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2018年03月27日火曜日


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