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<遠い自立・仮設集約>(上)継続 まるで「追い出し作戦」

仮設住宅の前で末娘を抱く吉田さん=福島県二本松市七ツ段

 福島県浪江町は新年度、町外に開設した仮設住宅を4カ所に集約する。東京電力福島第1原発事故から7年。最大31カ所に上った避難生活の拠点は2月末時点で15カ所。転居か帰還かそれとも…。自立への選択を迫られた住民たちは現状をどう捉え、行方をどう展望するのか。沿岸の古里から離れた内陸の二本松市内の仮設住宅を訪ねた。(福島総局・高橋一樹)

◎吉田邦弘さん(51)二本松・杉田農村広場残留→6月ごろ大玉村へ

<ささやかな抵抗>
 自営業吉田邦弘さん(51)は4月以降も今の仮設住宅に住み続けるつもりだ。
 同じ内陸の大玉村に自ら新居を確保した。入れるのは6月ごろの見通し。2度の引っ越しは避けたい。
 「避難所を転々とさせられた上、この期に及んで転居まで迫られるのか」。新居に入るまで長くて3カ月。ささやかだが、集約への抵抗を決めた。
 浪江町が二本松市に開設した仮設住宅は最大11カ所あった。町は旧平石小仮設に集約する計画で、1月までに7カ所を閉鎖した。
 吉田さんが妻や娘ら家族8人で暮らす杉田農村広場仮設住宅も3月末で閉鎖予定だったが、吉田さんを含め2世帯が拒んだ。
 吉田さん一家が入居したのは原発事故から5カ月後の2011年8月。会津若松市など8カ所の避難場所を転々として落ち着いた。
 「ログハウスの仮設」。優雅な響きとは異なり、夏は暑くて冬は寒い。すきま風も虫も入ってくる。
 それでも住民同士で励まし合い、交流を深めてきた場所。完成した災害公営住宅などに転居した仲間からは「失敗した」「戻りたい」と打ち明けられた。
 「古里を離れた土地で自宅を新築しても陰口を言われて地域に溶け込めずにいる」と吉田さん。子どもがいじめに遭った例もあり、「『浪江出身』と口に出せずにいるようだ」と語る。

<理解されぬ苦悩>
 苦い経験は自身にもある。キッチンなどを取り付ける仕事で、いわきナンバーの車で内陸部の民家に行くと「入らないでくれ」と度々言われ、ストレスからか腎臓を患った。
 住民の苦悩は町に理解されているだろうか。
 浪江町などの仮設住宅の無償提供について、県は来年3月まで1年間の延長を決めているが、「必要に応じて撤去や集約を進める」との方針だ。
 「入居者が減り、防犯面で不安がある。仮設で暮らし続けるなら、集約先に移ってほしい」。町の担当者の言葉は建前に聞こえる。
 吉田さんは仮設の団地内から自動販売機が消えたことに気付いた。町は備品を少しずつ回収していた。
 「まるで『追い出し作戦』だ。仮設を減らすことで『復興が進んでいる』と見せたいのか。せめて一人一人の事情をくむことはできないのか」。吉田さんはむなしさを募らせる。


2018年03月27日火曜日


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