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<遠い自立・仮設集約>(下)帰還 期待と不安胸に古里へ

6年以上暮らした仮設住宅の室内で引っ越しの準備をする水野さん夫妻=二本松市油井

◎水野勝代さん(75)二本松・安達運動場→浪江

<暮らし思い描く>
 福島県浪江町の町民が避難した仮設住宅としては最大規模だった。野球場4面を確保できる広い土地に244戸が建設された。
 今月いっぱいで閉鎖される二本松市の安達運動場仮設住宅。水野勝代さん(75)は仮設暮らしを終える。市内の仮設の集約先となる旧平石小には移らない。夫の彰一さん(81)と共に、町内に整備された災害公営住宅に入る。
 東京電力福島第1原発事故から7年。古里への帰還の願いがようやくかなう。
 引っ越し先は平屋の木造住宅。「庭には花を植えてね…」。荷物をまとめる作業を続けながら帰還後の暮らしを思い描く。
 元々の自宅は町役場近くにあった。地震の被害は半壊で済んだが、マイカーがなく、なかなか片付けに行けず、動物に荒らされた。雨漏りもひどくなり、2年ほど前に解体した。
 暮らしてきた仮設住宅に関しては「二本松の方から大切な運動場を長く提供していただき感謝している」としみじみ語る。
 避難所などを経て入居したのは2011年7月。離れ離れになった愛犬と一緒に暮らせるようになった。
 買い物や病院にも困らなかった。当初は子育て世帯も多くてにぎやか。住民同士で市内の温泉や行事にも出掛けた。
 ただ、古里への思いは消えず、むしろ膨らんだ。
 めでる桜も紅葉も何を見ても浪江の風景が脳裏に浮かんだ。「1年、2年とたつうち『ずっとここにいることになるのかな』と不安になった」と言う。

<生活環境整わず>
 念願の古里での再スタートはどうなるだろう。
 町内にスーパーはまだない。買い物はデマンドタクシーや移動販売車に頼らざるを得ない。
 診療所はある。でも、あってほしい眼科や歯科医は再開していない。
 10代や20代の孫たちに子どもができた時のことを考える。浪江は原発事故の被災地。勝代さんは「気軽に呼べないかもと、心配にはなるかな」と打ち明ける。
 浪江町が町内に整備した災害公営住宅は計85戸。大半が入居済みだが、生活環境は整わず、自立した暮らしの実現は容易ではない。
 それでも、勝代さんにとっては古里だ。
 「夫と魚釣りにも出掛けたい。古里でちょっといい思いがしたい。だから、頑張って長生きしなきゃね」
 自立を促される仮設住宅集約の現場で、住民たちは一筋の光を見いだしたり、悩んだり、不満を抱えたりしながら、それぞれの一歩を踏み出そうとしていた。


2018年03月29日木曜日


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