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<国分町Eyes>安全な街へ住民と連携 仙台中央署・亀山良一前歓楽街対策課長に聞く

亀山良一(かめやま・りょういち)千葉県生まれ。東北学院大卒。1980年宮城県警入り。佐沼署生活安全課長、県警本部生活環境課補佐を経て2016、17年歓対課長。60歳。

 輝くネオン、楽しげな人波、違法な性風俗店、しつこい客引き−。宮城県警の警察官として東北最大の歓楽街・国分町(仙台市青葉区)の治安対策に長年取り組み、3月末に定年を迎える仙台中央署の亀山良一前歓楽街対策課長に、光と影が交錯する「ブンチョウ」への思いを聞いた。(聞き手は報道部・岩田裕貴)

<ピンチラ根絶>
 −国分町との関わりは。
 「1994年に中央署生活安全課に配属されたのが最初。当時、デートクラブと呼ばれた売春組織がピンチラ(ピンクチラシ)を至る所に貼っていた。ピンチラ問題は長引き、『杜の都の20年戦争』と呼ばれた」

 −当時の捜査は。
 「実際にホテルに入り、ピンチラに書かれた番号に電話して女性を呼び、事情を聴いて組織の端緒をつかんでいた。当時は30代。電話中は素性がばれないようにと緊張した。浴衣を着ていたから『浴衣刑事(デカ)』なんて言われた」
 「ピンチラの所持・携帯に罰則を設けた改正宮城県ピンクチラシ根絶条例(2004年施行)の効果が大きかった。インターネットの普及で電話の需要が減り、最終的に一枚も貼られなくなった」

<条例定め効果>
 −現在まで続く客引きの問題はいつから。
 「ピンチラ問題が下火になる2000年代中ごろから悪質な客引きが増えた。下着に近いドレス姿のキャバクラ勤務の女性らが路上に立った。客引きの走りだ。その後、全身黒い服を着た『カラス』と呼ばれる男性従業員のしつこい客引きが目立つようになった」

 −どう取り締まった。
 「07年の改正県迷惑防止条例で、風俗店従業員らによる客待ち行為やスカウト行為が新たに禁止された。大量摘発が可能になった」

 −国分町の変化は。
 「客引き一つ見ても、地元出身者より関東圏など他県出身者の犯罪が増えた。東日本大震災後の復興バブルを目当てに来たようだ。東京や大阪で規制が厳しくなれば流れてくる。他の大都市の動向に気を配り、犯罪がまん延する前に取り締まることが重要だ」

 −安全な街のために何が求められるか。
 「警察は独り善がりにならず、地域住民と連携することが大切だ。ビルの違法性風俗店を摘発しても、後に同様の店が入れば水をザルですくうようなもの。ビルオーナーと協力して犯罪インフラを解消すべきだ。住民の声に耳を傾け、一つ一つ解決してほしい」


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2018年03月31日土曜日


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