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<避難指示解除1年>再生難題 買い物環境整わず、新住民巡り不安も

移動販売車で生鮮食品などを購入する飯舘村の住民
富岡町中心部の曲田地区には新しいアパートが立ち並ぶ

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が一部を除く福島県内4町村で解除されて1年が経過した。住民の帰還は進まず、地域はコミュニティーの維持と再生に苦悩する。新住民をどう迎え入れ、買い物環境をどう整えていくか。重い課題が突き付けられている。
 浪江町中心部から車で約5分。苅宿(かりやど)地区は典型的な農村地帯だ。約100世帯のうち、地元に戻ったのは5世帯ほどにとどまる。
 その一人が区長の松本伸一さん(65)。昨年夏、避難先から戻った。
 住民がどう支え合うか。地区は昨年から墓地の清掃や草刈りに取り組むが、避難先から駆け付ける人も含めて50〜60代が中心だ。
 「私たち世代が頑張れるのはあと5〜10年。その後はどうなるのか」。松本さんは表情を曇らせる。
 4町村の帰還者は高齢者が大半を占める。地域の維持、再生には帰還促進に加え、新住民が欠かせない。
 富岡町は第1原発の廃炉作業の関係者らが増加。新住民が町内居住者の約3割を占める。
 町中心部の曲田地区では昨年秋以降、アパートの新築が相次ぐ。それが新たな課題も生んでいる。
 「私たち高齢者にはどうしても『よその人』と見えて何となく不安」。昨年11月にいわき市から帰町した女性(75)は打ち明ける。
 行政は住民同士の良好な近隣関係の構築を目指す。富岡町は今年1月、共同住宅の建設などに住民向け説明会を義務付ける条例を制定。一方で子育て世帯の移住を促進する奨励金制度も4月にスタートさせる。町の担当者は「復興のため、誰もが暮らしやすい環境をつくりたい」と話す。
 買い物環境の整備も大きな課題。飯舘村では生鮮食品を購入できる店舗が再開していない。
 高齢世帯にとっては、村内に週2回来る移動販売車が頼りだ。村が県内業者に依頼している。
 常連客の佐藤サキさん(79)は「1人暮らしで車もない。おかげで買い物ができる」と感謝する。
 とはいえ、常設の店舗開設は採算面から思うように進まない。飯舘村ではスーパーなどが入る公設民営型の共同店舗の計画が昨年12月に白紙に戻った。
 原発事故前は沿岸の双葉郡の商圏を支えた浪江町も小売業者の動きが鈍い。
 「解除から1年。町内の買い物環境はほとんど変わっていない」。昨年夏に帰町した70代女性は不満をあらわにする。
 浪江町は新年度、店舗賃料を助成する補助制度を創設。幹部が県内外に足を運び、町内での店舗展開を働き掛けている。本間茂行副町長は「進出に前向きな業者もいる。帰還住民が不便を感じないよう力を尽くす」と強調する。

[メモ]東京電力福島第1原発事故に伴う福島県内の避難指示は、浪江町(人口1万7954)と飯舘村(5850)、川俣町山木屋地区(935)が昨年3月31日、富岡町(1万3192)が翌4月1日に解除された。帰還困難区域を除く。今年2月末または3月1日現在の居住者は浪江町516人、飯舘村618人、川俣町山木屋地区291人、富岡町458人。


2018年04月01日日曜日


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