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<慰霊碑をたどる>8年目の被災地(5完)人が集う開かれた場に

慰霊碑の前で大切な人の名前を探す参列者=昨年11月5日

 東日本大震災の被災地に立つ慰霊碑やモニュメントは、訪れる人々の祈りを受け止めてきた。それらには一体、どんな願いが込められているのか。震災発生から8度目の春。碑を巡り、遺族や関係者の思いをたどる。(報道部・水野良将)

◎「市民協働」東松島市

 東日本大震災で犠牲になった1099人の名前が刻まれた芳名板に、遺族や市民らが歩み寄る。大切な人の名をなでたり、写真に収めたり。
 東松島市野蒜地区の復興祈念公園に建立された慰霊碑。「『血の涙』が止まらない日々を繰り返すことがあってはならない」。昨年11月5日にあった式典で、地元県議高橋宗也さん(56)が約600人の参列者を前に誓った。
 津波で長女沙織さん=当時(22)=を亡くしている。「安全安心なまちづくりを進めていく」。高橋さんが言葉を継いだ。
 慰霊碑建立の過程では、市が進める「市民協働」の手法が生かされた。
 市は2016年12月〜17年2月、「震災復興モニュメント検討委員会」を開いた。広く知見を取り入れるため、市内の自治会長や震災語り部ら男女7人を委員に選出。設置方針やコンセプト、仕様、保存の在り方などを議論した。
 慰霊碑は高さ1.4メートル、幅13メートル。芳名板は地区ごとに五十音順で並ぶが、位置を入れ替えることができるようにした。「家族が離れ離れにならないようにしてほしい」という遺族の要望に検討委や市が応えた。

 副委員長を務めた相沢良章さん(61)は議論で、碑の周辺にも気を配った。高齢者や脚の不自由な人のため通路にスロープを設けたらどうか。芝生の維持管理はどうするか。委員の話し合いでより良い方策を探ったという。
 相沢さんは大曲浜地区にあった自宅が流され、長女ミキさん=当時(28)=を亡くしている。「祈念公園が慰霊・鎮魂の場であるとともに、普段は親子連れが遊べるような開放的な場になれば」と思い描く。
 祈念公園は総面積約1.6ヘクタール。慰霊碑が立つ広場、JR仙石線旧野蒜駅舎を改修した震災復興伝承館、震災遺構として保存される旧野蒜駅プラットホーム、駐車場などで構成される。

 現地には近隣自治体はもちろん、国外からも視察に訪れる人が後を絶たない。
 石巻市の斎藤義樹さん(41)はその一人。同市の石巻南浜津波復興祈念公園整備に向け、伝承の在り方を探るメンバーだ。
 住民の声も踏まえ、花を挿す所を設ける。芳名板に名前を刻むか否かを遺族に確認する。2月上旬に東松島の慰霊碑を訪れ、その手法に刺激を受けた。
 斎藤さんは「祈念公園整備には多様な意見を反映させる仕組みが必要。慰霊碑やモニュメントを建てた後の維持管理や運用も含めて、より良くするための話し合いが大事だ」と実感を込めた。(報道部・水野良将)


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2018年04月11日水曜日


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