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<ニュース深掘り>仙台短編文学賞の意義 語り得ぬ震災描く器に

第1回授賞式の記念撮影に臨む岸ノ里さん(中央)ら受賞者=7日

 杜の都に創設された「仙台短編文学賞」=?=の授賞式が7日に仙台市内であり、初回の幕を閉じた。民間の実行委員会が公募し、地方文学賞としては多数の576編が集まった。規定にはないが、作品の8割が何らかの形で東日本大震災を取り上げたという。数ある表現手段の中で、なぜ小説で震災が描かれたのか。受賞者や関係者の言葉に、文学賞の意義が改めて見えてくる。
 「フィクションなら書ける。書きたいと思った」。受賞者の一人、宮城県七ケ浜町の村上サカナさん(50)に応募の動機を問うと、こんな答えが返ってきた。
 陸前高田市出身の村上さんの両親は津波で今も行方不明だ。これまで震災を外で語ることができず、初めて言葉にしようとしたのがプレスアート賞に選ばれた「ごく限られた場所に降った雪」だった。体裁はユーモアあふれる家族小説。リアルな被災の核心はあえて描写しない。かえって抜き差しならぬ事態を想像させ、読む者の心を揺さぶる。
 記者として、これまで多くの被災者の話を聞いてきた。記事1本は長くても原稿用紙3枚。事実を丹念に尋ねても記事にする際は詳細を省かざるを得ず、取材相手の心情を十分に盛り込めないこともある。取材は時として相手に負担を掛け、不信を抱かせることも一度ならず痛感している。
 村上さんが虚実を交えて書き上げた37枚は、喪失感と向き合うためのギリギリの表現だったのだろう。
 震災の記憶は時間とともに加速度的に風化する。一方、時間がたつほど新たな言葉や物語へと結晶化する語り得ぬ思いがある。文学賞がそれを受け止める器であることも知った。
 「体験が心に深く沈み、言葉として浮かび上がるには時間がかかる。立ち上がってきた言葉は、風化にあらがう一つの文化となって人の心を結び付ける」。大賞を受賞した岸ノ里玉夫さん(58)=大阪府=は授賞式でこうスピーチした。
 府立高教諭の傍ら三咲光郎(みさきみつお)名義の著作がある作家だが、1995年の阪神大震災後、書く言葉が見つからなくなった。震災を題材にした小説は7年がかりで書き上げたものの、東京の出版社の反応で見えた関西との温度差にやるせなさを覚えた。大賞受賞作の行間には、被災地で誕生した文学賞への共感と期待がにじみ出ている。
 実行委が強調する通り、決して「仙台短編文学賞イコール震災文学賞」ではない。だが土方正志代表も「震災や過去・未来の災害に関連した小説がこれだけ集まる場は他にない。災害が多発する国で一つくらい、こうした文学賞があってもいい。あってしかるべきだ」と思い至ったという。
 選考委員の作家佐伯一麦さんは講評で「興味を引く書き出し、鮮やかな細部、意表を突く締めくくり。技法を駆使して短編を作ることにも心を砕いてほしい」と語った。手記とは一線を画す、小説ならではの難しさはある。震災の何をどう書くのか。内なる葛藤と格闘を経た力作に、また出合いたい。(生活文化部・阿曽恵)

[仙台短編文学賞]荒蝦夷(あらえみし)、プレスアートの出版2社と河北新報社でつくる実行委員会が主催する。ジャンルは不問だが、仙台、宮城、東北と何らかの関連がある未発表作品が応募の条件。400字詰め原稿用紙25〜35枚程度。選考委員は毎回異なる1人制で、第2回は仙台市在住の直木賞作家、熊谷達也さんが務める。今年夏に募集を始め、11月締め切りの予定。


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2018年04月16日月曜日


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