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<復興を生きる>世界一の味 復活に力

フルーツビールを手に笑顔の原さん。花巻市のビアホールには被災前の工場の写真を飾った

◎3・11大震災/不屈のビール醸造家 原 勉さん(77)=仙台市

 甘い香りが鼻に抜ける。口に含むとホップの風味に負けじと、果実の酸味が広がった。爽やかな飲み口に酔客がテンポ良くグラスを傾けていく。
 花巻市の地ビール製造「夢花まき麦酒醸造所」が、生産開始から5年を迎えた。工場2階で運営するビアホールの売れ筋は3種類のフルーツビール。1次発酵後の麦汁にワイン酵母と濃縮果汁を加え、ひと月ほど熟成させる。

 工場はかつて「鳥の海ブルワリー」という名で宮城県亘理町にあった。社長の原勉さん(77)=仙台市泉区=が本場ベルギーで出合った木イチゴビールに一目ぼれし、1997年に開業した。
 試行錯誤の末に完成した亘理産イチゴのビールは2005年、地ビール日本一を決める「ジャパンビアカップ」で最高賞に輝く。年間生産量60キロリットルの小規模ブルワリーながら、その後も品評会で受賞を重ねてきた。
 「世界一うまいビールを造って毎日飲みたい」。そんな「夢」に手が届く寸前、全てを東日本大震災の津波が押し流した。
 海沿いの醸造所は流失。空のタンクは約2キロ離れた住宅街に漂着した。品評会で獲得してきた五つのメダルもさらわれた。
 「廃業」の2文字が頭をよぎる。だが、復活を願う愛好家の声は予想以上に大きかった。
 「いつか必ず、震災前の生産規模でよみがえる」。新たな「夢」を工場名に冠して13年、花巻市へ移転した。機材購入費をインターネットで募ると、宮城県のファンが何人も何人も出資してくれた。
 ビール発酵に適した温暖な亘理町と異なり、花巻市は冬場の冷え込みが厳しい。狙い通りの味を再現するのに苦心した。工場は手狭で、年間生産量は被災前の3分の1にとどまる。
 困難は尽きないが「自分のビールを取り戻せない限り、復興ではない」。

 今年1月、販路拡大を目指して大きな決断をした。仙台市青葉区に直営店「定禅寺通り地ビール館」をオープン。フルーツビールは赤ブドウ、イチゴ、リンゴの3種類が楽しめる。
 「一度味わえば、8割以上がリピーターになる」と、丹精込めた自慢の商品を毎週末、自ら仙台へ運ぶ。
 近く、工場を宮城県内に戻すと決めている。直営店も仙台近郊でさらに2店舗増やす構想だ。
 だが、原さんにはもう一つ大きな目標があった。
 「次はどぶろくを造りたい。仙南地域や福島の米を原料にして復興を応援するんだ」
 必要な酒造免許は、もう取得した。不屈の醸造家の「夢」は終わらない。(盛岡総局・斎藤雄一)


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2018年04月22日日曜日


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